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第二試合 カバディ対サバイバルゲーム


 ゲートボール同好会との試合から、一週間。その間僕は、早苗姉えとともに試験勉強に励んでいました。
 例えば、放課後になって教室を出るなり、
「圭護くん。さっそく帰って勉強しよっか? テスト期間だから、剣崎先輩と部活できないよ」
 そう冷たい笑顔で促(うなが)され、僕は身震いするのでした。「あれが立石くんの幼馴染かー。美人だなー」「ギャルゲーみたい」「うらやましいぞ! 俺に代われ!」などという、クラスメイトたちのまっとうな反応の声を、背中に聞きながら。
 家に帰ってからも、夕食後や入浴後すぐに、
「じゃあ圭護くん、部屋に行こうか? 部活や剣崎先輩のことは忘れて、試験に集中しよう?」
 僕のうちに泊まり込んできた早苗姉えに笑顔で促され、僕は言われた通りにするのでした。
 登校するときでさえ、僕は早苗姉えに教室の前まで見送られ、
「じゃあ圭護くん、頑張ってね。――赤点を取ったら、剣崎先輩との部活のことは考えてもらうね?」
 早苗姉えは、据(す)わった目をしながら僕の肩をぽんぽんと叩きました。彼女の真剣な激励(げきれい)の気持ちに、僕は涙しそうになります。
 ……どうしてそんなに、部活や剣崎先輩のことをしつこく繰り返すのかは、よく分かりませんでしたが。


 そして土曜日の昼過ぎ、期末試験最終日の放課後。
 相も変わらず、窓の外に見えるのは灰色がかった雨景色です。ちなみに門脇先輩は試験を頑張りすぎたせいで風邪をひいて、関元先輩は彼女のお見舞いのため部活はお休みだそうです。
 僕はふらつく足を引きずりながら、教室を出ました。背中に「やっと部活できるぜ!」「そういや立石くん……カバディ同好会、今度は何するんだろうね?」と言う声を聞きながら。
廊下を歩いていても、ときおりすれ違う人たちが、「あれが、カバディ同好会の……」「見るな! あいつら頭おかしいから!」という会話を交わしているのが、耳に入ります。先日のゲートボール同好会との試合が学校中で噂になり、僕や剣崎先輩たちはすっかり有名人になってしまったようです。
……悪い意味で有名でなければ、いいのですが。
 こんな調子で一週間、僕は早苗姉えの愛の鞭(むち)と、学校中からの賞賛の声を浴びてきました。
 今も廊下中から、そして通り過ぎていく教室から、僕を見て噂をする声があふれています。しかしたいていの生徒は、試験が終わった開放感や、部活や遊びに行ける喜びを語り合いながら、笑顔でいました。その中で――
 僕のクラスの隣の教室にいた、小柄でおとなしそうな印象の女子。友達と笑いあうでもなく、一人でうつむいて席を立つその姿が、廊下からふと目に留まりました。


 僕はいつもの空き教室に着くなり、倒れ込むように着席します。
「剣崎先輩、すみません……。死んで、いいですか……」
 机に顔を突っ伏して、僕はぼやきます。
「くたばってる場合じゃないぞっ、立石くん! せっかく期末テストが終わったんだっ! つまり部活ができるんだぞっ!」
 教壇に立つ剣崎先輩の声が、上から降ってきます。僕は、のそりと顔を上げました。
「期末テストが、終わったからですよ……。いやあ、学校にいない間は、ご飯やお風呂のとき以外は早苗姉えと一緒にひたすら勉強勉強……。楽しすぎて、死にそうなほど完全燃焼しましたよ。部活なんて、やらなくてもいいんじゃないですかねぇ……」
「その青ざめた笑顔やめろっ!」
 剣崎先輩は、自分の身体を抱いて身をすくめました。そして両腕を組み、
「まったく、一週間前に『楽しいですね、カバディ』なんて言ってたのはどこのどいつだっ! その楽しいカバディができる部も、正式な部に昇格できないかもしれないんだぞっ!」
 まくし立ててから、足元の鞄に手を突っ込みます。
「――来週月曜の、査定の資料提出の期限に間に合わなければなっ!」
 剣崎先輩は、一本のUSBメモリーを取り出しました。この前の試合の動画がその中に収められていて、カバディ同好会とゲートボール同好会とで、共同で提出する予定です。
「だったら、今日が実質期限じゃないですか……。最低あと一人必要なのに、掛け持ちしてくれる他の同好会、見つかったんですか?」
「諦めるなっ! 今日中に見つければ、今日か明日に試合はできるっ!」
「見つからなかったんですね……?」
 僕が突っ込むと、剣崎先輩は教卓の上に突っ伏しました。
「テスト期間中も、探したんだよっ……! 私たちと同じように、困ってる同好会を……! なのに私の熱意が伝わらないのか、声を掛けた人はみんな、本題に入る前に引いてしまって……! どうしたら、いいんだっ……!」
 剣崎先輩は、教卓の天板を拳でどんどんと叩きます。
「むしろ、熱意を伝えすぎたんじゃないですか……?」
 僕は、部活の勧誘のときの剣崎先輩の姿を思い出します。彼女のことなので、あのときのように暑苦しい態度で相手を引かせたことが、簡単に想像できました。
 とはいえ、教卓の上に顔を伏せて肩を震わせる剣崎先輩を、黙って見ていることもできなかったので、
「……カバディ、カバディ、カバディ」
 僕はキャントをしながら、椅子から立ち上がりました。
「立石くん?」
 剣崎先輩は、顔を上げます。
「カバディ。……行きましょう剣崎先輩。今日いっぱいは、相手が見つかる可能性あるんでしょ? カバディ、カバディ……」
「それは分かるが、なぜキャントする?」
 キャントしながら、ふらふらと教室の出入口に向かう僕に対し、剣崎先輩は眉をひそめます。
「……カバディ。だってこの前、剣崎先輩が一緒にキャントして気合入れてくれたじゃないですか。だから今、同じことをしてるんですよ。……カバディ、カバディ、カバディ」
「さすがに校舎内ではやめろっ! 部長として、私が恥ずかしい!」
 剣崎先輩は、僕のシャツの袖を引っ張りました。
「……カバディ? 先輩、そんな常識持ってたんですか?」
「当たり前だっ! アスリートの端くれたるもの、社会的にも恥じることのない振る舞いをだな――」
 剣崎先輩が唾を飛ばしていると、
「にぎやかだな、おい」
 教室の出入口から、少し枯れた声が割り込んできました。低い声ですが、女子のそれです。
 僕らがその声の方向に目を向けると、一人の女子がいました。身長は僕より若干低い程度で、女子にしては高めです。全体的にはひょろっとしていますが、半袖から出た腕には引き締まった筋肉が付いています。
「面白いことやってる連中がいるって聞いたから、来てみれば……。想像以上に面白そうだな」
 彼女は細面をにやけさせ、僕らに向いた切れ長の三白眼を細めます。
「なあ、兼光(かねみつ)?」
 彼女に声を掛けられて、その後ろに隠れていた女子は、びくびくっ! と震えました。さっき空き教室に来る途中で見た、隣のクラスの女子です。
「ひゃ、ひゃいっ、小梅(こうめ)さん……」
 小柄な彼女はくりくりした可愛らしい声で、舌足らずな口調で答えました。
 背の高いほうの女子は、雑に散らかった自分のショートヘアをわしゃわしゃとかいてから、後ろの女子に手招きします。そして二人は教室に入ってきました。
「三年一組、四方谷(しほうだに)小梅だ」
 背の高い彼女は、自己紹介します。
 後ろに隠れていた女子も、おずおずと前に出てきました。身長は小柄な剣崎先輩よりもさらに一回り低く、百五十センチあるかどうか怪しいです。身体の肉付きがとてもつつましいことも伴(ともな)って、小学生と中学生の中間ぐらいに見えます。
「一年三組の、か、兼光、み……み……」
 彼女は、さらさらしたショートヘアをいじりながら言いよどみました。左目の上で分けた前髪の下の、どんぐりのように丸っこい吊り目が、下を向いて泳いでいます。
 彼女を見て、僕は急速に生き返りました。
「兼光ミミちゃんかぁ。同学年だね。僕は二組の立石圭護。よろしく」
 僕に顔をのぞき込まれると、兼光さんは「ひゃうっ!」と悲鳴を上げてのけぞりました。すぐに四方谷先輩が、彼女を腕でかばいながら立ちはだかります。
「ミニミを怖がらせるんじゃねぇ!」
 彼女は眉尻をいっぱいに吊り上げ、歯をむき出しにして僕を睨んできます。
「すみません……彼女が可愛くて、つい」
「その言い訳、余計自分の首を絞めてるぞっ?」
 僕が四方谷先輩の剣幕にドン引きして、剣崎先輩に肘で小突かれていると、兼光さんも「小梅さんっ!」と悲鳴のような声を上げます。実に幼くて可愛い声です。
「ミニミ……いや、兼光ぅ。名前で呼んじゃって、ごめんなぁ」
 四方谷先輩は兼光さんの肩を抱き、彼女に頬ずりしました。兼光さんは兼光さんで、身を縮めるものの黙ってそれを受け入れています。
「ミニミちゃんかぁ。可愛い名前だね」
「だろっ? 未熟の未に仁愛の仁、そして美しいって書くんだけどな――」
 さっきとは一転、目を輝かせながら僕のほうに身を乗り出してきた四方谷先輩に対し、
「可愛く……ないですよ」
 兼光未仁美(みにみ)さんは、消え入るような声で言い返しました。
「……この通り、こいつは自分の名前が嫌いなんだ。両親がガンマニアでさ……。こいつの名前、軽機関銃の名前から来てるんだ」
 四方谷先輩は、兼光さんに頬ずりを再開します。
「彼女の両親が、ガンマニア……? じゃあ君たちは――」
「ああ。サバイバルゲーム同好会だよ。言い遅れて悪りぃな」
 確認してきた剣崎先輩に、四方谷先輩は答えました。
 ……兼光さんを抱いて、頬ずりしながら。僕と代わってください。


 机を四つくっつけて向き合い、僕らとサバイバルゲーム同好会のお二方は話を始めました。
 サバイバルゲーム――略してサバゲーは、要するにエアガンを使った撃ち合いのことです。別に過酷な環境で生き延びることではありません。
 四方谷先輩曰く、ただでさえ有名人の剣崎先輩がまた変なことをしたとして、先日の僕らの試合は密かに有名に――その有名ぶりを、僕自身この目で見ましたが――なっているとのことです。始業式の日のインパクト抜群の勧誘や、放課後に空き教室から響く彼女の怒声、その他色々と普段から暑苦しい剣崎先輩の言動が、目立たないわけはありません(よって剣崎先輩だけ、自己紹介は不要でした)。
 そしてサバゲー同好会のほうも、活動実績と部員数目当てに、期末試験が終わってから僕らに声を掛けてきたのですが――
「だけどサバゲーって最低二人いればできそうだし、やる人も一つの学校に普通に五人以上いそうじゃないですか。どうして今、二人だけの同好会になってるんですか?」
「前の年度までは六人部員がいたのに、今年度に私ら以外辞めちゃったんだよ。サバゲーは楽しいし、今年の新入部員は可愛いのに、どうしてだろうなぁ? 兼光ぅ」
 僕の質問に答えながら、四方谷先輩は隣の兼光さんの肩を抱いて頬ずりしました。兼光さんが「は、はい……小梅さん」とおずおずと応じているのを横目に、
「……剣崎先輩。先輩が同じ部の部員なら、これを見て続けたいですか?」
「……毎日見続けるとなると、辛いな」
 僕と剣崎先輩は、眉をひそめながらひそひそ声を交わすのでした。
「だっ! だけどっ!」
 突然上がった可愛らしい声に、僕らは目を丸くして正面を見ました。兼光さんの声です。
「小梅さんも、今年は受験だから……。推薦を取れるように、活動実績を作ってあげたいんですっ!」
 兼光さんは胸元で拳を握りながら、僕らに訴えました。
「健気で可愛い後輩ですねぇ、四方谷先輩」
 僕はハンカチを取り出し、にじんできた涙をぬぐいました。剣崎先輩が「君も見習えっ!」と肘で小突いて来ます。
「だろっ? 私としちゃ、推薦なんてどうでもいいんだが……。こう言ってくれる兼光に、やっぱ部活の楽しさ、サバゲーの楽しさをもっと知ってもらいてぇんだよ!」
 四方谷先輩は片腕で兼光さんの肩を抱いたまま、片手で拳を作ります。この人は兼光さんから離れると死んでしまうのでしょうか?
 しかし、兼光さんはただでさえ縮こまっていた身をさらにすくめます。僕がそれに気づくと、
「とはいえ、サバゲーとなると流れ弾を無視できないし、それなりの場所が必要だろう。正式な部だった頃ならともかく、君らが同好会である今は、そこをどうクリアする?」
 剣崎先輩が、腕を組んでため息を吐きました。
「それなんだよなぁ……。部だったとき、休日に部室棟なんかの使用許可を得て、危ないところを養生(ようじょう)して使わせてもらったりしてたんだが……。予算がつかない今は、十分な資材買えねぇんだよ」
 四方谷先輩も難しい顔をして、頭を指でぽりぽりとかきます。そして、
「他にいい場所が、ないわけはねぇんだが――」
 そう言いながら兼光さんを横目で見て、
「……いや、忘れろ」
 慌てて視線を僕らに戻しました。
「えー? そんなこと言われたら、余計に気になりますよぉ」
 僕は唇を尖らせて、四方谷先輩と兼光さんを見比べます。
「……そうだな。できることなら、なりふり構いたくない。査定の資料提出期限まで時間がないのは、私たちも君たちも一緒だろう?」
 剣崎先輩も、サバゲー同好会の二人を見比べながら、彼女にしては珍しく落ち着いた口調で問いかけます。
「……兼光?」
 四方谷先輩が声を掛けると、兼光さんは数秒間、机の天板に目を落として黙っていました。
 そして、
「えっと……。私の家に、来てくだしゃい……」
 上目遣いで僕らを見て、舌足らずな口調でおずおずと提案してきました。
 そのあざといしぐさは、戦う前から僕を無力化する作戦なのかと、僕は思います。


 それから僕らは、兼光さんのご自宅にお邪魔しました。
 彼女が恥ずかしそうにしながら僕らを迎え入れてくれたお宅は、そこらの民家の二倍くらいはありそうなご立派な家でした。出迎えてくれた兼光さんのお母さんも、明るくて気さくな感じの方です。しっかりとあいさつをしておきました。
 兼光さんが友達を連れてきたことに大はしゃぎしたお母さんは、部活でこの家を使いたい旨(むね)を兼光さんから聞くなり、僕らを家の奥のほうに案内してくれました。アサルトライフルやサブマシンガンやショットガン――もちろんエアガンでしょう――が壁一面にかかった部屋や、射撃場になっている長い部屋に僕や剣崎先輩は息を呑み、兼光さんは恥ずかしそうに背中を丸めます。
 それから、満面の笑顔の四方谷先輩から銃の扱い方を教わったり、実際に撃つ練習をしたりした後、サバゲーとカバディとで勝負するルールを僕らはあっさりと決めました。
 そして――
 ひゅばばばばっ!
 僕の手の中のアサルトライフルが、モーターの駆動音を上げました。
 ばばばばばしっ!
 撃ち出されたBB弾は、十メートルほど先の、人型に切り抜かれた段ボールに連続で命中します。
「ターゲットの排除完了。敵影なし……」
 僕はライフル――もちろんエアガンで、電動式のやつです――の構えを解いてから、周囲を見回します。まるで兵士です。かっこいいです。
「いつまで遊んでるんだっ、立石くん! もう帰って明日に備えろっ!」
 後ろから、剣崎先輩がどやしてきました。振り向くと、彼女は両手を腰に当てて仁王立ちしています。
「まあまあ。自分の得物に慣れてもらわねぇと、勝負のしがいもねぇよ」
 四方谷先輩が、剣崎先輩を肘で小突きながら、そんな優しい言葉を掛けてくれました。
「そうですよ。時間が余ったとはいえ、ただ遊んでるんじゃありません。武器を自分の身体の一部にしてこそ、一流の兵士です」
 彼女らに答えながら、僕はライフルを腰だめに持って振り返りましたが、
「ひゃ!」
 兼光さんが悲鳴を上げて、僕もびっくりします。
「兼光に銃口を向けるんじゃねぇ!」
 さっきとは一転、四方谷先輩が犬歯をむき出して怒鳴ります。この人、兼光さんがらみでは本当に感情の起伏が激しいです。というかその言い方だと、兼光さん以外の人には銃口を向けてもいいのでしょうか?
 とはいえ四方谷先輩を怒らせた僕は、兼光さんの近くに向いていた銃口を慌てて天井に向けました。
「……さ、さすがに、そろそろきりがないと思ってたところです。帰りましょう」
 僕は身震いしながら、剣崎先輩のほうを見てうなずきました。正直、四方谷先輩が少し怖いです。
「兼光さん、これ返しててくれるかなぁ?」
 僕は少しかがんで、にこにこ笑顔で兼光さんにライフルを差し出しましたが、
「ひっ!」
 兼光さんは、悲鳴を上げながらライフルと逆方向にのけぞりました。このうぶな反応、恋の始まりでしょうか? それとも僕の態度が不審者のそれだったから?
「……私が返しとくよ」
 四方谷先輩がため息まじりに歩み寄ってきて、僕からライフルを受け取りました。


 僕たちは、並んで玄関まで歩きます。途中で、エアガンを保管していた部屋に四方谷先輩が入ってから、
「ごめんねぇ、兼光さん。怖がらせちゃて」
 僕が目線の高さを合わせながら話しかけても、兼光さんは「あの、その……」ともじもじしてなかなか返事をしてくれません。こんなに女の子を恥ずかしがらせて、僕って罪な男です。
「……銃が、怖いのか?」
 剣崎先輩がぽつりと尋ねると、兼光さんはうなずきました。
「その……。両親の趣味だから、仕方ないんですけど……。お父さんもお母さんも、昔からよく、荒っぽい感じの友達と撃ち合いしてて……。そういう人たちのところに私も連れていかれたり、家を作り変えてからは、両親の友達がよく遊びにきたりしてて……。銃や、銃を好きな人が、その……。正直、苦手です……」
 兼光さんは、胸元でぎゅっと拳を握りながら、うつむいて語ります。そのか弱い姿に、
「――大丈夫! 僕が守ってあげるよ!」
 僕は彼女の肩を叩き、親指を立てました。しかし、
「そりゃ私の仕事だ!」
 エアガンを返したらしく、部屋から出てきた四方谷先輩に後ろから襟(えり)を引っ張られました。
「ぐえっ」
 悲鳴を上げる僕を兼光さんから遠ざけて、四方谷先輩は素早く彼女を抱きしめます。
「一人にしてごめんなぁ、兼光ぅ。変なことされなかったか?」
 剣崎先輩が「立石くんはともかく、私もいるんだが……」と突っ込むのをよそに、兼光さんは「だ、大丈夫です……」と応じました。
「しかし解(げ)せんな。銃が好きじゃないなら、どうして彼女はサバゲー部にいる?」
 剣崎先輩は、腕を組んで片眉を吊り上げます。
「小梅さんが、両親と知り合いで……」
 兼光さんは、ぽつぽつと説明を始めました。


 四方谷先輩は、ときどき大人のプレイヤーと混じってサバゲーをしていたそうです。兼光さんのご両親とも、その関係で知り合いました。
 そして四方谷先輩が高校二年生、兼光さんが中学三年生のとき。四方谷先輩は、兼光さんのお宅に上がりました。そして家にいた兼光さんを見るなり、
「兼光さん! この子可愛いですね! 名前、何ていうんですか?」
 鼻息を荒くしながら、身をすくめる兼光さん――もちろん、未仁美さんです――を抱きしめました。一目惚れだったそうです。
 それから四方谷先輩は、たびたび兼光さんの家に行っては、彼女に会うようになりました。
 兼光さんが高校に入ってからも、四方谷先輩は学校でよく一人でいる彼女を見たり、友達がなかなか作れないというご両親の話を聞いたりして、
「じゃ――サバゲー部に、入ってみないか?」
 四方谷先輩の誘いに、兼光さんは黙ってうなずきました。
 しかし、いざ兼光さんが入部してみると、
「兼光ぅ。大丈夫、私が守ってやるからな」
「兼光ぅ。今のヒット、痛くなかったか?」
「兼光ぅ。負けてもへこむなよ。これから上手くなればいいさ」
 そんな感じで、四方谷先輩はことあるごとに兼光さんにべたべたしました。
 それについていけなくなったサバゲー部員たちが、一人、二人と辞めていき――
 今年のゴールデンウィークを過ぎる頃には、部員はたった二人に。サバゲー部は、同好会へと格下げされてしまったのでした。


「だから、その……。私のせいで、小梅さん一人ぼっちになっちゃって……。なんとか、それを取り返してあげたいんです!」
「気にすんな、兼光っ! お前といちゃいちゃできない部活なんて、意味ねぇよ!」
 四方谷先輩は、兼光さんの頬にキスしました。僕も女子になれば、同じことができるのでしょうか?
「あー、その、兼光さん……。今まで三か月部活を続けたその頑張り、すごいぞ」
 剣崎先輩は、青ざめながら兼光さんを褒めました。というか、遠回しに四方谷先輩に皮肉を言いました。
「そうそう! 部活なんて、頑張るものじゃないのにね!」
「君は今ぐらい頑張れっ!」
 横槍を入れると、僕は剣崎先輩に頭をはたかれました。
「……そうだよね、立石くん。私、頑張ってないよ」
「兼光?」
 兼光さんがつぶやくと、四方谷先輩は不安げな声を上げました。
「私……小梅さんに引っ張ってもらって、甘えてばっかりで……。だから……少しでも、恩返ししないといけないんです……」
 兼光さんは四方谷先輩の腕の中で、弱々しくつぶやきました。

 翌日、日曜日。
 期末試験の復習をしようと言う早苗姉えにひたすら頭を下げてから、僕は朝に家を出ました。
 そして午前中に、僕ら四人は兼光さんの家の地下室に集まります。
「昨日考えたルールだと、CQB用フィールドがやりやすいだろ。楽しませてくれよ」
 四方谷先輩がそう言いながら、先陣を切って部屋に入りました。
 端から端まで何十メートルあるのか分かりませんが、広い部屋です。ベニヤ板の壁で通路や小部屋が作られているほか、ドラム缶がところどころに置いてあったり、さらには張りぼての車の模型まで設置してあったりします。こんな家や施設を作るお金のある兼光さんのご両親がどんな仕事をしているのか気になりますが、今は詮索している余裕はありませんね。
 そして僕らは、兼光さんのご両親が気前よく貸してくださった装備に身を包んでいます。迷彩柄の長袖ジャケットと長ズボンに身を包み、目の周りを隙間なく覆うゴーグルをかけている上に、顔や首周りはスカーフを巻いて保護していました。また手には丈夫そうなグローブをつけて、足にはごついブーツをはいています。
 さらに、ポケットがたくさんついたベストを着ているほか、小型のビデオカメラを横に取り付けたヘルメットまで被(かぶ)っています。査定の資料になるビデオを録画するため、必要なのです。
 まさしくフル装備と言ったいでたちで、本物の兵士になった気分です。
 さらに僕らは、チームを区別するために両腕に色つきの腕章を巻いています。僕と剣崎先輩とは赤、四方谷先輩と兼光さんとは黄色です。それぞれの手には、アサルトライフルの形をした電動式のエアガンを持っています。
 ぼてっとしたライフルを持った四方谷先輩と、短いライフルを手にした兼光さんが、フィールドの端へと向かいました。二人の背中を見送ってから、僕と剣崎先輩も反対側へ向かいます。
「しかし立石くん。昨日あんなに兼光さんに鼻の下を伸ばしまくってて、彼女を撃てるのか?」
 剣崎先輩は聞いてきました。彼女はその手に持つ角ばったライフルの銃口を天井に向け、人差し指も引き金に掛からないようにまっすぐ伸ばしています。銃の扱いのマナーを一日でマスターして、本当に真面目な人です。
「お互い全身を守ったうえで、BB弾使うんだから大丈夫ですよ」
 僕は自分が持つ、ごてごてしたライフルをちらりと見てから、
「……それに、真面目にやらないと早苗姉えが怖いというのもあります」
 ヘルメットに取り付けたカメラをさすりました。いい加減にやったらその様子が録画されて、査定する生徒会に見られる、つまり早苗姉えにも見られるかもしれないのです。
「……あ、今の発言、編集でカットしてもらえますか?」
 剣崎先輩は、ゴーグルからのぞく目を憐れみに細め、うなずきました。


 そうこうしているうちに、僕と剣崎先輩はフィールドの端、スタート位置にたどり着きました。コの字型になった壁の内側にテーブルがあり、小さな赤い旗とホイッスル、それに交通量調査のときなどに見かける、かちかち押すカウンター、あとはメガホンが置いてあります。
「こっちは、準備できたぞーっ! そっちはー?」
 地下室の反対側から、四方谷先輩の声が響いてきます。
「こっちも着いたーっ! いつでも始めろーっ!」
 剣崎先輩も、メガホンで叫び返しました。
「オッケー! じゃあ三……」
 四方谷先輩のカウントダウンを聞きながら、僕らは戦闘態勢に入ります。
 まずライフルの上に装着した、短いスコープのような装置のスイッチを入れ、次にライフルの側面の小さなレバーをかちかちと切り替えました。短いスコープは、ダットサイトという照準器です。レバーは銃の暴発を防ぐ安全装置と、単発や連射を切り替えるスイッチを兼ねたセレクターレバーというものです。
「……二、一、スタート!」
 四方谷先輩の、試合開始の合図。それとともに、僕らはスタート位置を出ました。
 フィールドの中間を目指し、一気に走ります。左に小部屋が見え、剣崎先輩はそこに入りました。僕はその小部屋の脇、そこにあるドラム缶の陰にしゃがみます。
 生唾を飲み込みながら二、三秒待っていると、七メートルほど先の壁の陰からそっと出てくる顔が見えました。頭の高さからして、四方谷先輩でしょう。
 僕はライフルを構え、ダットサイトの中に映る光点で狙いを付けます。そして――
「カバディ! カバディ!」
 叫びながら、引き金を引きました。これがカバディ対サバゲーの統一ルール戦、その特殊ルールその一。相手に聞こえるぐらいのキャントなしでの射撃は、当たっても無効です。
 つまり、不意打ちでの射撃はしづらいのです。しかし、僕がキャントする前にこちらに気づいていたらしく、四方谷先輩はすっと身を引いていました。僕が撃った五発ほどの弾が、ばらばらとその辺りに飛び散ります。
「無駄弾を撃つなっ! 左から回り込むぞっ!」
 小部屋の中から、剣崎先輩の声が聞こえました。僕はドラム缶の陰から出ます。左の小部屋の出口から出てきた剣崎先輩と合流し、前進。
 言われた通り、左側に移動していると――
「カバディ! カバディ――」
 進行方向右から、四方谷先輩の声が飛んできます。五メートルほど先の小部屋の入り口、その陰でライフルを構える彼女に僕も慌てて狙いを向けようとして、
 ばばばっ!
 次の瞬間、数発の弾を受けてしまいました。距離があって、服の上からなので痛くないのですが、それでも身体が硬直します。
「ヒットだろっ? 早く戻れっ!」
 前に見える壁の陰に素早く駆け込んでいた剣崎先輩が、叫びます。
「ひ、ヒット!」
 僕は両手を挙げ、ライフルも上に向けて、叫びました。
 サバゲーでは、撃たれてアウトになったことをこうして自己申告しないといけないのです。撃たれても知らんぷりすることはゾンビ行為といって重大なマナー違反なのですが、単に気づかなかった場合もゾンビ行為ではないかとビデオを見た人に思われないか、今からひやひやします。
 ともかく、今回は明らかに撃たれたので、僕はアウトです。剣崎先輩、四方谷先輩のキャントと、ばばばばばっ! ばばばばばばばっ! という銃声を背中に聞きながら、スタート位置に駆け戻ります。
「ヒット!」
 剣崎先輩の叫び声を聞きながら、僕はスタート位置のカウンターをかちりと押しました。今回のルールはカウンター戦といって、撃たれてもカウンターを押せば復活できる代わりに、試合終了時に復活した回数が少ないほうの勝ちになります。
 今回の試合は三本勝負ですが、まず僕らが撃ち合いに慣れるために、四方谷先輩が一本目をカウンター戦にしてくれました。兼光さん以外に対しても意外に優しい、姉御肌の人ですね。
 復活してスタート位置を出た僕は、戻ってきた剣崎先輩とすれ違ってから、スタート位置近くの壁の陰で待機。息が荒くなっていますが、決して怖くて動けないわけではありません。
 僕と同じく復活した剣崎先輩がスタート位置から出てくるなり、
「カバディ! カバディ!」
 ばばばばばっ!
「カバディ! カバディ!」
 ばばばっ!
 前と後ろから聞こえる、二つのキャントと銃声。僕の左側の通路を、BB弾が飛び交います。そして、
「ヒットっ!」
「ひ……ヒットぉ!」
 剣崎先輩の芯の通った声と、兼光さんのくりくりした可愛らしい声との、二種類のヒットコールが聞こえます。僕が壁の左側からそっと顔を出すと、ドラム缶の陰でライフルを構えている四方谷先輩と、呆然と立ちすくむ兼光さんがいました。
 今にも泣きだしそうな目をゴーグルからのぞかせる兼光さんに、四方谷先輩は振り返っています。心配なのでしょう。僕も彼女が撃たれたら心配です。
 とはいえここは真剣勝負。四方谷先輩の一瞬の油断、その隙をついてライフルを向け――
「カバディ! カバディ! カバディ!」
 ばばばばばばっ!
 僕のキャントを聞いて、慌てて振り返った彼女にBB弾の雨を浴びせました。
「っ! ……ヒット!」
 四方谷先輩は一度眉をひそめてから、両手を挙げました。そして兼光さんを促し、彼女と一緒に素早くスタート位置まで逃げていきます。
「追うぞっ、立石くん」
 また復活して出てきた剣崎先輩が、後ろから肩を叩いてきます。
「勝機は見えてきた。敵は、実質一人だ」
 ゴーグル越しに見える彼女の目には、勝気な笑みが浮かんでいました。


「カバディ、カバディ、カバディ!」
 ばばばばっ!
 ドラム缶の陰から、僕は発砲しました。黄色チームのスタート位置、その右側から顔を出しかけていた四方谷先輩が、素早く隠れます。
「剣崎先輩、援護お願いします! ――カバディ、カバディ!」
 僕は裏返った声で叫んでから、さらに同じ場所を撃ち続けました。
 ばばばばばばばばばっ! ばばばっ! ばばばばっ!
 適当に撃ってから、ドラム缶の後ろから少し前に出て、左に伸びている通路を見ます。黄色チームのお二方が、さっき顔を出したのと反対、スタート位置の左側から回り込んできているはずで――
「カバディ!」
 案の定、回り込んできていました。通路の先を横切ろうとしていた四方谷先輩は、顔を出した僕に発砲してきます。
 僕は一度身を引いてから、顔とライフルを出します。そして――
 近くの物陰に隠れていたのでしょう、剣崎先輩が四方谷先輩の後ろに飛び出してくるのが見えました。
 彼女は四方谷先輩に、さらにその後ろで身をすくめた兼光さんに、すれ違いざまに素早くそっとタッチしていきます。その奇襲は、二人にとって予想外だったはずです。さっき僕が剣崎先輩に援護要請をしたのは、僕ら二人が一緒に行動していると黄色チームに思わせるための嘘だったのです。
「カバ……ヒット!」
「ヒットぉ……」
 四方谷先輩は驚きを隠せない様子で、兼光さんは弱々しくヒットコールを上げました。
 これがカバディ対サバゲー、その特殊ルールその二。タッチでも相手にヒットしたことになり、その際キャントは不要です。
 タッチなどの格闘にあたる攻撃は乱闘に発展しかねないため、サバゲーでは本来禁止されることがほとんどです。しかし剣崎先輩が、どうしてもカバディの要素をもう少し入れてほしいと床に額を擦りつけて頼んだので、四方谷先輩がこのルールをしぶしぶ了承してくれたのです。
「よしっ。その調子だぞっ、立石くん」
 スタート位置に戻る四方谷先輩と兼光さんとすれ違いながら、剣崎先輩が素早く僕の元に駆け寄ってきます。
 目元に満面の笑みを浮かべる彼女と一緒に、僕は後退しました。


 その後も、僕たちが優勢でした。
 さっきとは逆に、剣崎先輩が陽動している間に僕が後ろから黄色チームをタッチで奇襲したり、さらには二人がかりで待ち伏せしてタッチしたり――
 四方谷先輩が素早く応戦して、僕らは何度かヒットを取られました。しかし彼女にずっとくっついて動いていた兼光さんのほうは、攻撃されると身をすくめてなかなか撃てず、四方谷先輩に守られてばかりに見えました。
 そんな調子で、あっという間に十分間の試合時間が過ぎました。四方谷先輩がセットしておいたアラームの音が、地下室に響き渡ります。
 僕らはフィールドの中間に集まって、カウント数を報告します。
「赤のカウント数、五だ」
 剣崎先輩は胸を張りながら、四方谷先輩に僕らのカウンターを見せました。
「……こっちは七。意外とやるな、お前ら」
 四方谷先輩も僕らにカウンターを向けて、肩をすくめました。彼女ら黄色チームの負け、僕ら赤チームの勝ちです。
「……ごめんなさい、小梅さん。私、足を引っ張るばかりで……」
 小さな兼光さんはうつむいて、小さなライフルをぎゅっと抱きしめました。僕も君を抱きしめてあげたいです。
「こんな子を敵の弱点と見たことに、罪悪感が……」
 剣崎先輩が珍しく沈んだ口調で言って、肩を落とします。
「なぁに兼光。こんなん遊び遊び。負けてもなんか取られるわけじゃねぇし、気楽に行けよ」
 四方谷先輩は微笑んで、兼光さんの肩をぽんぽんと叩きました。しかし兼光さんは、さらに身をすくめます。
「優しいですねぇ、四方谷先輩。僕もあなたみたいな姉貴分、欲しかったです」
 僕はゴーグルをずらし、あふれ出てきた涙をぬぐいました。
「馬鹿っ! フィールド内でゴーグルを取るんじゃねぇ!」
「仕方ないでしょ、涙が出てきたんだから。ああ、あと鼻水も」
 四方谷先輩の怒声に答えながら、僕はスカーフも取って鼻をすすります。ああ泣ける。
「彼女の言う通りだ、立石くんっ! いつ誰が暴発させるか分からないんだぞっ! 泣くならフィールドの外でやれっ!」
 剣崎先輩は、慌てて僕の背中を地下室の出口の方へ押しました。すると、
「……ふふっ」
 くりくりとした、可愛らしい笑い声が聞こえました。見てみると、兼光さんがその目元に笑みを浮かべています。
「ふふっ、ふふふふふ……。あはははは! あははははははっ!」
 彼女は少し笑いをこらえていたようですが、そのくすくす笑いはすぐに大笑いに変わりました。兼光さんはお腹を抱えて、目に涙を浮かべて笑います。僕も剣崎先輩も絶句です。
「ちょ……兼光?」
「……すみません、小梅さん。私も、涙を拭いてきますね」
 心配してくる四方谷先輩に、兼光さんは笑顔を向けました。
 そして彼女は、僕と一緒にフィールドになっている部屋を出ます。セーフゾーン、つまり安全地帯になっている小部屋に、僕らは入りました。可愛い兼光さんと二人きりで、僕の心臓はどんな試合のときよりもどきどきです。
「立石くん、その……ありがとう」
 ヘルメットとゴーグルを取った兼光さんは、笑い泣きした顔のまま、涙を拭きます。
「ぐあっ、ヒットぉ!」
 僕は胸を押さえ、身をよじりました。
「えっと……立石くん?」
「か、兼光さん! 僕のハートを撃ち抜いて倒そうなんて卑怯な! だけど僕だって、怖い人に見せるための査定がかかってるんだ! 次も容赦しないよ!」
「そういう意味じゃ、ないんだけどね……。えっと……」
 兼光さんは顔の前で両手を振ってから、ぽつりぽつりと語ります。
「私、友達作るのとか下手だから、いつも一人ぼっちで……。高校に入ってからも、ずっと小梅さんに引っ張られてばかりで……。それが、嫌だったの……」
 兼光さんの語りに、僕はうんうんとうなずきます。ここは聞くだけ聞いてあげるのが男です。
「だけど、その……。さっき、立石くんのおかげで……。なんか、すっきりしたの……。もう少し、小梅さんの優しさを素直に受け入れていいんだって」
 うんうん。同意です。僕が兼光さんの立場なら、いっそ四方谷先輩の妹になりたいです。いや、僕が兼光さんのお兄ちゃんになるという手も捨てがたいですね……。
「だから、私……。今まで小梅さんに優しくしてもらった分、少しだけ頑張れそうだよ」
 彼女のその笑顔に、僕はまたハートを撃ち抜かれたのでした。

 僕と兼光さんがフィールドに戻ってから、銃に弾を込めなおして二回戦です。今度はお互いに、さっきとは逆のスタート位置につきます。
「今回は殲滅(せんめつ)戦だから、慎重に行こう」
 剣崎先輩はダットサイトのスイッチを入れ、セレクターを切り替えます。殲滅戦とは、相手チームを全滅させれば勝ちという、いたってシンプルなルール。もちろん復活はなしです。
「そうですね。兼光さんも、さっきので何か吹っ切れた感じでしたし……。ああ、可愛かった」
「人の話聞いてるか? ――準備、できたぞーっ!」
 剣崎先輩は僕に突っ込んでから、メガホンで反対側のスタート位置へ叫びました。
「オーケー! 三、二、一……スタート!」
 四方谷先輩の返事、そしてゲーム開始の合図が返ってきました。
 僕と剣崎先輩は、少し距離を置いて動き出しました。剣崎先輩は右側、僕は左側を進みます。
 壁から張りぼての車の陰へ、さらにその先の壁へ、前方をうかがいながら慎重に移動します。途中で、右側の小部屋に入っていく剣崎先輩の姿が見えました。
 それから少し移動していると――
「カバディ!」
「カバディ、カバディ!」
 ばばばっ!
 ばばばばっ!
 剣崎先輩と四方谷先輩のキャント、そして銃声が聞こえました。
 僕はそれら、撃ち合いの音を聞き、フィールドの外側を一気に走ります。今なら黄色チームの後ろを取れるかもしれません。
「カバディ、カバディ、カバディ――!」
 しばらく四方谷先輩のキャントと銃声が聞こえた後、
「カバディ、カバディ!」
 撃ち返したらしい、剣崎先輩のキャントと銃声。さらに四方谷先輩の反撃の声と銃声が聞こえ、そして――
「カバディ! カバディ!」
 ばばばっ!
 くりくりした可愛らしい、それでも芯の通った声が、フィールドの空気を叩きました。続いて銃声。
「――ヒットっ!」
 剣崎先輩の、敗北を告げる声。僕が大回りしすぎて、援護が間に合いませんでした。
 これで僕は、一人で二人を相手にすることになりました。顔に、じわりと脂汗が浮かびます。
 ともかく右側の通路に入って左に進み、壁の端からそっと顔を出すと――
 周囲をうかがっていたのか、たまたまこちらを向いていた四方谷先輩と、ばっちり目が合いました。彼女は素早くライフルを僕に向けて、
「カバディ!」
 発砲。僕は慌てて顔を引っ込めます。
 ばくばくと鳴る心臓の音を聞きながら、通路をさっきとは逆に行きます。しかしその出口から顔を出しても、移動中の四方谷先輩と遭遇(そうぐう)。彼女は素早く銃口を上げます。
「カバディ!」
 発砲され、僕は顔を引っ込めました。すぐに振り返って逃げます。
 通路から地下室の壁際に出て、右へ。さっきよりさらに奥から、二人の後ろに回り込もうとします。この立石圭護、決してびびってでたらめに逃げているわけではありません。
 少し進んだ先の角を右に曲がり、黄色チームのスタート位置を左に見ながら進み、僕は右側にある壁の端からそっとライフルを構えようとしました。
「カバディ」
 その声とともに、壁際からすっと小さな手が出てきて、ライフルの前のグリップを握る僕の左手に触れます。
 僕がびくっ! とのけぞると、壁の陰、僕の顔より頭一つ分ほど低い位置から、兼光さんの顔がひょっこりと出てきました。どんぐり型の吊り目が、何かを促すように軽く見開かれます。
「ひ……ヒットぉっ!」
 僕が慌てて上げたコールに、兼光さんはくりくりした目を細めました。これで僕ら赤チームは全滅して、黄色チームの勝ちです。
 僕を今さっき倒し、剣崎先輩も倒したらしい兼光さんは、首を傾げます。
「あれ……? タッチのときは、キャントっていうのいらなかったっけ? ……まあいいや! 小梅さん! ワンダウンです!」
 彼女はさっきとは打って変わって明るい声で、四方谷先輩に勝利を報告しました。


「……なあ、立石くん。あれ、本当に兼光さんなのか?」
 僕の隣をスタート位置まで歩きながら、剣崎先輩は尋ねてきました。
「さっき私は、四方谷さんに牽制(けんせい)されているうちに、回り込んできた兼光さんにやられたんだが……。なんというか、撃つときの眼光がすごかった」
 そこまで言って、剣崎先輩は身震いします。
「そうですね……。さっき僕をヒットしたときも、すごく楽しそうでしたし……。僕のか弱くて可愛い兼光さんは、どこに行っちゃったんでしょう?」
「君のじゃないだろ? ……とにかく、次で最後だ。気を引き締めて行こう」
 僕の嘆きを剣崎先輩が切り捨てているうちに、僕らはスタート位置に着きました。再び、最初のときと同じスタート位置。三本目にして最後の勝負が、始まります。
 次のルールは、フラッグ戦。それぞれのスタート位置に置いてあるフラッグを時間内、今回の場合五分以内に取ったほうの勝ちです。
 四方谷先輩の合図で、ゲームが開始されました。
「序盤は守りに徹しよう。敵の出方次第では、一気にフラッグを攻める」
 剣崎先輩の指示に、僕はうなずきました。二人で分かれて、少しだけ前進。僕はスタート位置近く、壁際のドラム缶の脇にしゃがんで待機します。
 一分ほど、待っていると――
「カバディ!」
「カバディ!」
 左の方から、二人分のキャントと銃声。剣崎先輩が、四方谷先輩と戦闘開始したようです。
「カバディ、カバディ!」
 もう少し撃ってから、剣崎先輩は左の小部屋から出てきました。
「先輩?」
「そこにいろっ! フラッグを死守!」
 素早く指示して、先輩はさらに左へ。小部屋の外壁、左側の角から、向こうをうかがいます。
 数秒すると、小部屋の出口から四方谷先輩の顔が出てきました。素早く左右を確認した彼女は、まず彼女から見て右にいる剣崎先輩の背中を見て、そして左にいる僕と目が合います。
「先ぱ――」
 僕が叫び終え、ライフルを向けるより先に、四方谷先輩は大胆な行動に出ました。彼女は小部屋を飛び出し、剣崎先輩の背中に手を伸ばします。
 僕が撃っても間に合わず、その先の壁に逃げ込まれるかもしれない。発砲が間に合っても、剣崎先輩を巻き添えにするかもしれない。そう思って、僕が撃つのをためらっている一瞬の間のことでした。
「うおっ! ――カバディ!」
 ばばばばばっ!
 剣崎先輩は間一髪で気づき、四方谷先輩のタッチを飛びすさってかわしました。振り向きざまにライフルを向け、キャントしながら発砲。至近距離から殺到してきたBB弾を、四方谷先輩はまともに食らいました。
「ヒット! ……ちぇっ。お前らの真似してみたが、上手くいかねぇな」
 四方谷先輩は両手と銃を上げ、肩をすくめました。
「カバディでなら、わが校の誰にも負けん!」
「剣崎先輩しか、マジにやってませんからね」
 歩き去る四方谷先輩の背中を見送りながら、僕は鼻息を荒くする剣崎先輩に突っ込みました。
「うるさいなっ! 敵はあと一人だっ! 慎重かつ大胆に攻めるぞっ!」
 剣崎先輩にどやされ、僕は彼女とともに前進するのです。僕は右側の通路から。剣崎先輩は、再びさっきの小部屋の左側から。
 通路に入ってすぐに、
「カバディ! カバディ、カバディ、カバディ……!」
 左側から、剣崎先輩のキャントと銃声。牽制に撃っているのか、少し長く続きます。
 彼女を援護するため、僕は通路を引き返しました。右に出ると、正面には横向きの壁。そして左では剣崎先輩が、角に隠れようとしていて――
「カバディ! カバディ! カバディ! カバディ! カバディ……!」
 兼光さんのキャント。正面の壁の上から、大量にBB弾が飛び上がりました。それらは天井で跳ね返り、剣崎先輩の上に雨あられと降り注ぎます。
 サバゲーでは、跳弾(ちょうだん)や落ちてきた弾も身体や装備に当たればヒット扱いになるため、
「……ヒットっ!」
 剣崎先輩のヒットコールを聞きながら、僕は慌てて身をひるがえしました。
 今の兼光さんに、正直撃ち合いで勝てる気がしません。第一、これはフラッグ戦なので、必ずしも相手を倒す必要はないのです。僕らのフラッグもがら空きになってしまいますが、一か八か、一気に相手のフラッグを狙います。
 右の通路に戻り、僕は走りました。ばたばたと、床を蹴立てながら。
角を左に曲がると、通路の出口の先、右前の壁の陰に兼光さんがいました。すでにライフルを僕に向けています。
 彼女が僕に向けているのは、それだけではなく――どんぐり型のくりくりした吊り目が、まっすぐに僕を狙っていました。その瞳の、猫科の肉食獣を思わせる鋭さに、身がすくみます。
 足音を立てすぎたかとか、すぐに撃ち返さなきゃ、とか僕が思った瞬間、
「カバディ!」
 ばばばっ!
 短く鋭いキャントと、銃声。放たれた三発のBB弾が、僕の身体の中心辺りに吸い寄せられるように命中しました。
 僕が硬直していると、兼光さんがライフルを向けたまま眉をひそめたので、
「ひ、ヒット!」
 僕のヒットコールを聞いてすぐ、兼光さんは駆け出します。十数秒後――
 ぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃっ!
 ホイッスルの音が、甲高く響きました。
 フラッグゲットを音でフィールド全体に示すために、赤チームのスタート位置にはホイッスルが、黄色チームのスタート位置にはおもちゃの火薬銃が置いてあります。……つまり兼光さんがフラッグを取ったのでしょう。僕たちの負けです。
 今日の三本勝負の試合も、僕たちが一勝二敗で負けとなったのでした。
「ああ……」
 ため息を吐きながら、僕はその場にへたり込みました。
 僕らの負けでも、勝負が終わって安心したのです。兼光さんの、あの眼光から解放されて。


 試合が終わり、僕らはフィールドを出ました。エアガンを倉庫に返し、ヘルメットやゴーグルやスカーフを取ります。そして倉庫を出てから、
「大活躍だったなぁ、兼光!」
 四方谷先輩が、兼光さんの肩をぽんと叩きます。
 兼光さんは、一度倉庫を振り返ってから、四方谷先輩の目を見上げました。
「……小梅さん。楽しいですね」
 兼光さんの言葉に、四方谷先輩は目を丸くします。
「だろっ? やっぱりサバゲーって――」
 四方谷先輩は満面の笑みを浮かべましたが、
「――敵を仕留めるって!」
「……はい?」
 兼光さんが同じく満面の笑みで発した言葉は、四方谷先輩を硬直させました。
「銃口を向けられた瞬間、硬直する相手……。自分の放った弾が、命中する手ごたえ……。痛みはなくても、被弾(ひだん)した瞬間震える敵……。潔(いさぎよ)いようで、それでも悔しさのにじむヒットコール……。撃ち合いに勝つことが、こんなに楽しいなんて、知りませんでした……。これからは、銃もサバゲーも好きになれそうです……」
 兼光さんはうっとりとため息を吐きながら、また倉庫のほうを見ました。四方谷先輩の笑顔が、ひくひくと引きつります。
「小梅さん?」
「兼光。あー、その……。愛してるぞっ、兼光!」
 兼光さんの怪訝な目線をごまかすように、四方谷先輩は彼女を抱きしめました。
「『未仁美』でいいですよ、小梅さん。ああ……。本物のミニミ……。撃ってみたいなぁ……」
 兼光さんはとろんとした目をして、四方谷先輩の腕の中で独り言を言います。
「……立石くん」
 隣から、剣崎先輩が僕を肘で小突いてきました。横目で見ると、彼女は軽く青ざめています。
「ええ、剣崎先輩……。僕たち、とんでもない怪物の誕生に……。力を、貸してしまったのかもしれませんね……」
 僕も顔から血の気が引くのを感じていると、
「剣崎先輩! 立石くん! 今日はありがとうございました! 楽しかったです!」
 兼光さんが、僕らに満面の笑みを向けてきました。その吹っ切れたような、というか何かがいけない方向に振り切れてしまったようなきらきらした笑顔に、僕と剣崎先輩は身震いします。
 とはいえ、彼女の言葉の、少なくとも一か所には同意せざるを得ません。
「ま、楽しかったよ、私たちも。なあ立石くん?」
「……そうですね」
 剣崎先輩が差し出してきた拳に、僕もそっと自分の拳を合わせました。彼女の手が、お堅い口調や性格とは裏腹に柔らかくて、なんだか癪(しゃく)です。
「そそ、そうだな、私も楽しかった! 終わりよければ全てよし! はははっ!」
 四方谷先輩が、笑顔を引きつらせたまま、兼光さんを抱きしめる腕に力を込めながら、声を張り上げました。


 試合は午前中に終わり、午後に僕たちは兼光さんの家で動画を編集――四人のカメラが撮ったビデオを分割画面でひとまとめにしたり、いらないところをカットしたり――しました。
 そして僕が家に帰ると、
「じゃあ圭護くん――期末テストの復習、しよっか?」
 僕の家で待っていたらしく、玄関に入るなり早苗姉えが出てきました。彼女の笑顔の冷たさが、普段より二割ほど増している気がします。
「土曜も日曜も部活で潰して、本当は勉強したくないだけじゃ――」
「そんなことないよ」
 早苗姉えの言葉を、思わず僕は遮っていました。彼女が眉をひそめるのに対し、
「なんていうか、その……。最近、すごく充実した部活ができてるんだ。そのうち早苗姉えも、査定で僕らの活動記録を見ると思うからさ。勉強から逃げてるだけかどうか、分かるよ」
 僕は靴を脱ぎながら、思ったままのことを言いました。不思議とすらすらと言葉が出てきて、顔にも笑みが浮かんでいるのを感じます。
 早苗姉えは眉をひそめたまま数秒間、答えに困る、と言うように黙っていました。
「……へえ。剣崎先輩との部活が、そんなに……」
 彼女が僕に背を向けるとき、そんなつぶやきが聞こえた気がしました。
「早苗姉え?」
「……早く、部屋に来てね」
 早苗姉えが、背中越しに掛けてきた言葉。その押し殺した声を聞いて、僕は身震いしながら、慌てて家の奥に足を向けるのでした。


 そして月曜日。サバゲー同好会の二人を、無事に登校してきた門脇先輩と関元先輩に紹介、三つの同好会でお互いに掛け持ちし合うことになりました。それから、なんとか暇な先生を一人顧問として捕まえた後、先生と六人全員の名前を書いた部活動新設願いを三枚と、活動内容の動画を保存したUSBメモリーを生徒会に提出。
 そして僕たちは待ちます。水曜日の、査定の結果発表まで。平日は学校に練習場所が確保できなかったので、月曜には公民館に行って門脇先輩たちのゲートボールに混ざったり、火曜には兼光さんの家で普通にサバゲーをしたり、余った時間には三対三でカバディをしたり――平穏(兼光さんの狩人の目や、本格的にカバディができない剣崎先輩のイライラを除けば)な二日間でした。
 そして水曜日の放課後。その日は、バケツをひっくり返したような雨が降り注いでいました。
 生徒会室のドアに、査定をクリアした同好会のリストが貼り出されています。
 カバディ同好会、ゲートボール同好会、サバイバルゲーム同好会の名は、ありませんでした。


「どういうことだっ!」
 生徒会室のドアを勢いよく開けて、奥の窓際の席に座る早苗姉えに剣崎先輩は怒鳴りました。ずかずかと踏み込む彼女に、僕、門脇先輩、関元先輩、四方谷先輩、兼光さんが続きます。
「査定までの一週間、私たちは活動してきたっ! 少人数の同好会同士、お互いに極めたものをぶつけ合ってきたっ! 今後も同じように、マイナー競技同士でも活動できるという実例を示したっ! なのに――どうしてその実績が認められないんだっ!」
 部活の話だという前置きを一切せず、いきなりテーブルを叩きながら詰め寄ってくる剣崎先輩の剣幕に、他の生徒会役員たちは身をすくめました。
 しかし早苗姉えは、どしゃ降りの雨が叩きつける窓を背に、たじろぐことなく微笑みます。
「ええ、剣崎先輩。確かに斬新で、かつ今後のマイナー同好会にも希望を持たせられる試みです。執行部は三つの同好会全てに承認を与え、あとは生徒会長の私が承認するだけでした」
 早苗姉えは席を立ち、壁の棚から一枚の書類を取り出しました。月曜日に僕たちが提出した部活動新設願いで、カバディ部の名前とその設立を認める旨、それに顧問の先生の名前に、僕たち六人全員の名前が書いてあります。同じものがあと二枚、ゲートボール部とサバゲー部の分があるはずです。
 しかし、一番下の生徒会長の署名は空欄でした。
「ですが……。私は懸念(けねん)したんですよ。同種の活動が、メジャー部活で活躍できない人の逃げ道になってしまわないか。長い目で見て、それが生徒を堕落させることになってしまわないか。ですから生徒会長の裁量で、あなたたちの届出を承認しないことにしました」
 早苗姉えは、僕たち全員に説明しているはずなのに、僕のほうばかりを見てきます。……さすがに彼女と付き合いが長いので、僕には分かりました。「逃げて堕落する生徒」というのが、誰のことを指しているのか。
「そんなっ! 私たちは、逃げてないっ! それぞれに、好きで極めたものを――」
「この話は終わりです、剣崎先輩。まだ処理中の仕事があるので、退出願えますか?」
 あくまで笑顔を保ったまま、早苗姉えは剣崎先輩の弁明を遮りました。書類をしまい、すたすたと席に戻ります。
 一秒ほど、その場にいる全員が黙り込みました。外から響いてくる滝のような水音が、やけに大きく聞こえます。
「これからも、公民館に行くんですか……。めんどくさいですね」
「……俺が送ろう。自転車通学の許可を取る」
 門脇先輩と関元先輩が、踵(きびす)を返します。
「……ま、まあ、部じゃなくてもサバゲーはできるさ」
「そうですね……。もっと多くの人と、撃ち合いしてみたかったですけど」
 四方谷先輩が、兼光さんを引っ張っていきます。
 四人が生徒会室をすごすごと出ていく一方、剣崎先輩はわなわなと震えて立ち尽くしていました。僕が彼女の隣で、どう声を掛けていいものかと思っていると、
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
 がんっ!
 剣崎先輩は、床を殴りました。出て行こうとした四人が振り向き、生徒会全員の目線が彼女に集まります。
「残せないのか……! この学校に、私たちのカバディを……!」
 床に震える拳を押し付け、涙をぽたぽたと落とす彼女に、
「「「「カバディ以外は?」」」」
 剣崎先輩と僕以外の四人が、一斉に突っ込みました。
 しかし僕は、しゃがんで彼女の肩に手を置きます。顔を上げた剣崎先輩の、涙をあふれさせるアーモンド形の吊り目と目が合って、僕はふっと微笑みました。
「早苗姉え――いや、杜生生徒会長」
 僕は立ち上がり、濡れた灰色の窓を背にした早苗姉えにまっすぐ向き合いました。
「僕が――僕たちが逃げて堕落してるだけかどうか、もう一度見てもらえますか」
 僕の問いかけに、早苗姉えは目を丸くします。
「勝負しましょう。僕たち同好会と、生徒会とで」
 僕は、彼女に宣戦布告しました。

第三試合 カバディ・ゲートボール・サバイバルゲーム対生徒会実務


 いつからか、僕は早苗姉えの前で震えてばかりいた気がします。


 僕と早苗姉えとは家がお隣同士で、物心ついたときから知り合っていました。そして小さかった頃は、まだ仲が良かったのです。
 幼稚園で早苗姉えが、他の子におもちゃを取られたか何かして泣いているときなど、
「ぐすっ……ぐすっ……。うえぇ……」
「ぐすっ……ぐすっ……。うえぇ……」
 座り込んで泣きじゃくる早苗姉えの隣で、僕は彼女の真似をしました。
「ぐすっ……。けいごくん、まねしないでよぉ……」
「けいごくん、まねしないでよぉ……」
 彼女に突っ込まれても、僕はそれさえ真似します。定番ですね。
「まね……しないでっ!」
 しばらく彼女の真似を続けていると、早苗姉えは僕の頬を両手でつねってきました。僕も「まねしないでっ!」と叫び返しながら、彼女の頬をつねり返します。そして、
「あはは! さなえねえ、げんきになった!」
 僕が笑うと、早苗姉えは一度きょとんとしました。そしてすぐに、
「あはは!」
 泣きながら、僕に笑い返してきました。
 ……小さい頃は、そんな風に僕がふざけて、彼女を元気づけることが多かったのです。


 しかし、小学校高学年ぐらいからでしょうか。僕に対する早苗姉えの目が、厳しくなってきたのは。僕が小学校を卒業した日も、
「圭護くん、ふざけてばかりで危なっかしいから……。私が、支えるね」
 そう意気込む早苗姉えの笑顔に、僕はなぜか寒気を覚えたのでした。


 そして僕が中学に上がった頃には、今の早苗姉えがほぼ完成されていました。
 一年のとき、部活の練習中に、校庭の隅で少しだけ仲間とだらけていると、
 ぴっ。
 電子音を聞き、僕と仲間たちは慌てて振り返ります。
「……圭護くん、何さぼってるの?」
 早苗姉えが、僕らに携帯のカメラを向けながら物陰から出てきました。僕の部活に、マネージャーとして入っていたのです。
あくまで冷ややかな早苗姉えの笑顔に、僕らはみんな凍り付きます。
「いや早苗姉え、ほんの小休止――」
「このさぼり、録画しておじさんとおばさんに見せちゃうよ?」
 早苗姉えが、笑顔を崩さないままで発した言葉に、僕は慌てて立ち上がりました。ぱんぱんと手を叩きながら、「さ、さあさみんな! 練習に戻ろう!」と、仲間たちに促します。
「マネージャー、ちょっと怖いよな……」
 仲間の一人が、背中を向けた早苗姉えに聞こえないようにぼやきました。
「けどあんな美人が幼馴染で、うらやましいよ立石。毎日、勉強とかも一緒にしてるんだろ?」
 別の仲間がそう言いながら、僕の肩をぽんと叩いてきます。
「そ、そうだよ! ぼぼ、僕は世界一の幸せ者だよ!」
 僕は身震いしながら、彼に同意するのでした。


 中学三年の、受験シーズンなどは地獄でした。
 夜中に自室の机で勉強している途中、
「早苗姉え、トイレ行きたいんだけど……」
 ドリルの上にシャーペンを置き、僕は隣に座る早苗姉えに顔を向けました。もう五時間ほどぶっ続けで勉強して、時計の針はとっくに十二時を過ぎています。
「……さっきから、三十分に一度くらいトイレに行ってない?」
 早苗姉えは、目が笑っていない笑顔で首を傾げます。その言葉と態度は、暗に僕のサボりを疑っていました。そして、その疑いは図星です。
「い、いやあ、受験のプレッシャーのせいかな! トイレがどうしても近くなってね! 人間、戦うときは出すものを出さないままにしておけないよ!」
 僕は乾いた笑い声を上げながら、弁明しました。笑いに合わせてひくひくと動くお腹に、僕の胴体を椅子の背もたれに縛り付けているベルトが当たります。
「そっかぁ……。生理現象だもんね。仕方ないよね」
 早苗姉えは、顎に人差し指を当てます。そして、
「……じゃあ、携帯トイレか何か使おうか? 圭護くんが集中するためなら、私そっちの世話も全然大丈夫だよ」
 目を笑わせないまま、口の端を吊り上げるのです。僕はぶるっと震えて、
「ぼ、僕も少し我慢するよ! 受験って戦いだから、トイレの一回や二回ぐらい大丈夫!」
 慌ててシャーペンを取り、ドリルに向き合いました。
「そうそう、その意気だよ。頑張って。えっと、これの体積の求め方はね……」
 早苗姉えの説明を、僕は首を強く縦に振りながら聞きます。
 ドリルに書き込んだ字は、震えていました。


 そして今も、僕は震えていました。
「あはははは! いやあ、僕どうしちゃったんでしょうねぇ! あんなに威勢よく早苗姉えに啖呵(たんか)切って! ちょっと今から生徒会室に戻って土下座してきていいですか!」
 僕は笑い声を張り上げましたが、奥歯ががちがちと鳴りました。
 生徒会室を出て、僕たちはいつもの空き教室に戻っていました。机を六つ固めて、座っています。
「まあまあ、立石くん。ちょっと落ち着きませんか?」
 門脇先輩が、鞄から取り出した羊羹と缶の緑茶を差し出してきます。
「そうだな。杜生会長に逆らって……。俺たちにはともかく、君個人には何があるか分からない。怖い気持ちは、分かるよ」
 関元先輩が、腕組みしたままうなずきます。
「そんなに怖えぇ相手なら、はなっから喧嘩売らなきゃよかったろ?」
 四方谷先輩は、後頭部をばりばりとかいていました。
「そうだよね……。それに勝負の内容も、どうしたらいいか分からないよ……。撃って、どうにかなればいいのに……」
 兼光さんが、胸元で両手を握りながらため息を吐きます。彼女が最後に加えた一言に、四方谷先輩が軽く引いているのが見えました。
「…………」
 剣崎先輩は、無言でうつむいて椅子に座っていました。


 あの宣戦布告の後――
「勝負? どうして?」
 早苗姉えは、すぐにいつもの微笑みを取り戻し、疑問をぶつけてきました。
「僕らが堕落してるかどうか決めてくださる生徒会、それにさえ僕らが勝てば、堕落してないことの何よりの証明になるでしょ? そういう前例を作れば、マイナー同好会に適当に逃げたいだけの人たちの言い訳だって潰せるはずです」
 僕も負けじと、口の端を吊り上げながら言い返しました。
「その理屈は、分からなくもないけど……。運動部でもない、ましてや部や同好会でもない生徒会と、どうやって勝負するつもり?」
「どうにかしますよ。僕たち、今までもどうにかしてきましたからね」
 早苗姉えに反論してから、僕は振り返ります。門脇先輩、関元先輩、四方谷先輩、兼光さん――僕と剣崎先輩が、「どうにかして」今まで勝負してきた人たちを。
 しかし彼と彼女らの顔には、明らかにはてなマークが浮かんでいました。
「生徒会は今、学期末で忙しいんです」
 早苗姉えの声に、僕は顔を前に戻します。
「……どうしても勝負したければ、その方法はあなたたちで考えてきてくださいね。それが受け入れられるものだったら、こちらも考えてあげます」
「言いましたね? 楽しみにしてますよ!」
 僕は「ふんっ!」と鼻を鳴らし、踵を返します。そして先陣を切って、生徒会室を出て行きました。


 そして話は再び現在に、空き教室での会議に戻ります。
 すーはーすーはー。
 深呼吸で気分を落ち着けて、僕は口を開きました。
「……とにかく、何か方法はあるはずです。一学期にまだ残ってる生徒会の仕事で、僕らが勝負できそうなものを探しましょう」
 僕の提案に、他のみんなは腕を組んだり首を捻ったり、考え込むそぶりを見せましたが、
「……もういい、立石くん。君は、よくやってくれた」
 消え入りそうな声。それを発したのは、一人うつむいていた剣崎先輩です。
「剣崎先輩?」
 僕が先輩を見て、他のみんなも彼女を見ます。
「……もう、いいんだ。勝負の方法を認めるかも、私たちの届け出にハンコを押してくれるかどうかも、結局は杜生さん次第だ。私たちが、一方的に不利な勝負なんだよ」
 剣崎先輩の弱音に、僕は首を傾げました。
「どうしたんですか、先輩? 剣崎先輩ならこんなとき、『私も諦めないぞっ! 最後の一分一秒まで、私たちの部を存続させるために戦うんだっ!』とか言いそうなのに」
 僕が剣崎先輩の口調を真似すると、他のみんなは一斉に困った顔をしましたが、
「諦めたくないっ!」
 がんっ!
 剣崎先輩は、うつむいたまま机の天板を殴りました。
「今が、最後のチャンスなんだ……! 三年生の私は、二学期や三学期には受験や卒業で部活どころじゃなくなるから……! カバディ部を残すには、一学期末の今しかないんだ……! それでも……!」
 剣崎先輩は叫びますが、彼女の言葉は片っ端から、外から響いてくるどしゃ降りの音に飲み込まれていくようでした。
「今度こそ、きっと杜生さんは立石くんに容赦しなくなる! 君が逆らった分余計に厳しくなって、カバディ部での活動も禁止するかもしれない! ……嫌なんだ! 立石くんが……ふざけた理由でも、一人になってから最初に入部してくれた後輩が、カバディをできなくなるのは!」
 彼女がそこまで言い切ると、全員が黙り込みました。顔を上げた剣崎先輩は、自分に集まる五人分の視線、それを受け流すようにふらっと立ち上がります。
「……すまないな、みんな。私は所詮、自分がカバディしたいだけの、わがままな女さ。さあ立石くん、今から一緒に、杜生さんに頭を下げに行こう。君と私が二人とも、誠心誠意謝れば、部を残せなくても私の在学中くらいはカバディやらせてもらるかもしれないさ」
 剣崎先輩は、僕に笑顔を向けます。力のない、泣き笑いでした。
「嫌ですね」
 僕は、にやけながら答えました。
「……? 部長命令だ。行くぞ、立石くん」
 剣崎先輩は戸惑いを顔に浮かべながらも、僕に手招きしましたが、
「嫌ったら嫌です。……僕、たまには年上の女性に逆らってみたいんです。今までずっと、早苗姉えに絶対服従だったから。早苗姉えと剣崎先輩と、二人にいっぺんに逆らえるなんて最高じゃないですか」
 剣崎先輩に答えながら、僕は自分のにやけ面がどんどん歪んでいくのを感じました。あの剣崎先輩がこれ以上ないほど弱っているのです。にやけずにいられるでしょうか。いや無理です。
「……まあ、正直後は怖いですけど」
 僕は身震いしながら、そう付け加えました。
 剣崎先輩が、涙をぬぐいもせずに呆(ほう)けていると、
「……門脇さんに、学校で部活をさせてあげたい。その希望がまだつながりそうなら、俺はつなげたいと考えます。剣崎先輩」
 関元先輩が、静かに語ります。
「今日は、男性陣がかっこいいですねぇ。立石くんも、関元くんも」
 門脇先輩が微笑むと、関元先輩は複雑な顔をしながらも、頬を染めました。
「『かっこいい』だけじゃ、終われねぇよ。残す結果は、残さねぇとな」
 四方谷先輩が腕組みして、勝気な笑顔を浮かべます。
「そうですね! これって、小さなクーデターですよ! せっかくなら、勝ちましょう!」
 断言した兼光さんに対し、四方谷先輩が軽く身震いします。
「……剣崎先輩」
 僕は、彼女に微笑みかけます。
 剣崎先輩は、少しだけ戸惑いました。涙をぬぐってから、他のみんなを見回します。
 そして自分を見る目線が、じっと何かを待っている様子なのに気づき、彼女は僕の隣に戻ってきました。
「みんな、その……。さっきは、すまなかった」
 一つ咳払いをして、剣崎先輩は口を開きました。
「だけど今は、きっとみんなと気持ちは同じだと思う。自分の部を……自分の好きなものを、高校生活三年間でしか得られない仲間と一緒に追い求める、そのための居場所を守りたい。これはそのための、貴重なチャンスなんだ」
 言葉を続けるほど、剣崎先輩の声には力がこもっていきました。徐々に背筋をしゃんと伸ばしていく彼女に、みんなはうんうんとうなずきながら聞き入っていきます。
「だから……私も、みんなと一緒に戦わせてほしいっ! そのために今一度、みんなの気持ちを一つにする手助けをさせてもらいたいっ!」
 剣崎先輩は、拳を握りながら力説しました。その声の力強さは、教室中の空気を一言一言でばしんと叩くようです。彼女は今やほとんど、いつもの元気いっぱいな暑苦しい剣崎先輩に戻っていました。
 門脇先輩、関元先輩、四方谷先輩、兼光さん、そして僕も――一つ大きくうなずき、期待の目線を剣崎先輩に向けます。
「じゃあみんなで、一緒に――カバディ!」
 剣崎先輩は、力強く拳を振り上げ、号令しました。
「「「「…………」」」」
 しーん。
 空き教室に、沈黙が流れました。外から流れ込んでくる雨音だけが聞こえます。
「あ、あれ?」
 剣崎先輩は、軽く腰を抜かします。
「……だから、カバディ以外は?」
 僕は、彼女の肩をつつきながらそっと突っ込みました。……さっきと同じ突っ込みをするのに尻込みしているであろう、他の四人に代わって。
 どしゃ降りの雨音が、少しだけ和らいできました。


 僕らは、この時期の生徒会の仕事を詳しくは知らないので、一学期中に残った学校行事から勝負になりそうなものを探すことにしました。今僕らは、空き教室に据え付けのパソコンで去年までの三年間の学校公式のブログを閲覧(えつらん)し、目ぼしい行事をピックアップしたところです。
「野球部の県大会、そこの全校応援で、何かできないでしょうか……。こう、俺たちの部の個性を生かした応援を」
 教壇に立ち、関元先輩は提案しました。彼の後ろの黒板には、使えそうな行事が書き出してあります。
「野球部の応援って、大声張り上げたり大きく身体を動かす振り付けしたりしなきゃでしょうか……? そんなめんどくさいこと、ゲートボールらしくないですねぇ」
 隣に立つ門脇先輩が首を傾げると、関元先輩は肩を落としました。好きな人に意見を却下されて、へこんでいるのですね。実に分かりやすい人です。
「防災訓練に、対テロ訓練をねじ込むとかどうよ? テロリストに学校を占拠された場合の正しい対処法とか。こじつけだけどさ」
 教卓前の席に座り、四方谷先輩は口を開きます。台詞の最後には、肩をすくめながら。
「いいですね! それだったら私、特殊部隊員役をやりたいです! 演技でもいいから、悪党を仕留めてみたいです!」
 隣に座る兼光さんが満面の笑みで口にした言葉に、四方谷先輩は引きつった笑みを浮かべながら「えっと……言ってみただけだよ、未仁美」と応じていました。僕も内心引いています。
「今度の日曜の、学校説明会! そこの部活紹介で、何かできないかっ? それが一番、私たちらしいことができそうだっ!」
 同じく教卓前、僕の隣に座る剣崎先輩が、まっすぐに手を挙げながら提案しました。
 僕も、彼女の肩に手を置きました。剣崎先輩が、そして他四人が、一斉に僕を見ます。
「そうですよ! 僕たち、こんなに個性的なんだから……。この学校や、その同好会の特性を見せられる部活紹介なんて、僕らが力を発揮できる絶好のチャンスですよ!」
 自分に向いた十個の瞳に対し、僕は笑顔を向けました。
「……立石くん。素直に乗ってくれるのは嬉しいが、その……近いぞ」
 剣崎先輩が、心なしか赤くなった顔を伏せます。
「え? ……わっ! すいません先輩!」
 僕は剣崎先輩に言われて初めて、彼女に近づけていた顔と、彼女の肩に置きっぱなしだった手とを慌てて離します。ついでに素直に謝るなんて、僕らしくないです。
すぐに他の四人が、ため息や笑い声を漏らしました。


 生徒会との「勝負」に使う行事を決めたところで、今日はお開きとなりました。
 しかし僕は、もう少しだけ居残りをすることにしました。……今日は早苗姉えの顔を見るのが怖いので、家でやる勉強は学校でしておくことにしたのです。
 その話をすると、剣崎先輩が分からないところを教えると言って、一緒に残ってくれました。僕らは門脇先輩、関元先輩、四方谷先輩、兼光さんの背中を見送ってから、一つの机を挟んで座ります。
 剣崎先輩の教え方は、早苗姉えほどではないですが上手でした。カバディ馬鹿ではありますが、ただの馬鹿ではなかったようです。彼女を一つ見直しました。
「……なあ、立石くん」
 数学の問題を解き終わってシャーペンを置くと、剣崎先輩が尋ねてきました。
「どうして君は、杜生さんに逆らってまで、私を助けてくれるんだ? 彼女に言い訳を立てるためとか、『カバディ楽しい』とか……それだけじゃ、これからも毎日顔を合わせ続ける相手の、長年染みついてきた怖さに勝るとは思えないんだが」
「…………」
 剣崎先輩がぽつりぽつりと聞いてくる言葉に、僕は少し考え込みました。
 そして、思い出します。僕が少しだけ、早苗姉えの恐怖に打ち勝った経験――ゲートボール同好会との試合のときのことを。
 あのとき――剣崎先輩と声をそろえてキャントしたとき、僕は確かに感じたのです。すくむ身体の震えをどこかに吹き飛ばしてしまうような、高鳴る鼓動を。
 それを思い出しながら剣崎先輩を見ていると、同じ鼓動がよみがえってくるような気がして、
「立石くん?」
「は、はい、剣崎先輩?」
 剣崎先輩に声を掛けられて、僕は自分が彼女をまじまじと見ていたことに気づきました。
「えっとですね……剣崎先輩は、同志なんですよ。早苗姉えっていう独裁者を倒す、革命の同志です。助け合うのは、当たり前でしょ?」
 胸の中の鼓動をごまかすように、僕はおどけてみましたが、
「どこから突っ込んだらいいんだ、それ……?」
 剣崎先輩は鼻で笑いながら、首を横に振りました。
「ところで先輩こそ、どうしてカバディが好きなんですか?」
 僕は唇を尖らせながら、剣崎先輩に聞き返しました。彼女にからかわれて、正直癪です。
「あれは、そうだな……」
 剣崎先輩は、少し考えたそぶりをしてから、窓の外を見ます。
「……高校に、入ったばかりの頃だ。テレビか何かで『カバディ』という言葉を聞いて、その神秘的な響きに惹(ひ)かれた」
 剣崎先輩は、説明してくれました。……その先の説明がないので、
「……それから?」
 僕は彼女に続きを促しましたが、
「それだけだが?」
「それだけですか!」
 僕は、椅子に座ったままずっこけました。
「し、仕方ないだろ? 人が、人に恋するのに理由がいらないように……。人がスポーツに恋するのにも、理由はいらないんだ」
 剣崎先輩は腕組みして、ばつが悪そうにそっぽを向きました。
「ですけど……熱いカバディの試合を見たとか、カバディやってる親友がいたとか、カバディを狂信する集団に拉致(らち)されて洗脳されたとか、大した理由があるって思ってました。……いっつもマジになって、そこまで鍛えるぐらい好きなんですから」
 僕は姿勢を立て直しながら、剣崎先輩が組んでいる筋肉質な腕を見ます。……それと、その中から思い切りはみ出している胸も、嫌でも目に入ります。どちらも、実に立派です。
「そりゃ、カバディに惚れてから動画を見たりルールを調べたりしたが……。どこを見てるっ?」
 剣崎先輩の声に、僕ははっとして顔を上げます。その声の鋭さ、まるでバトルもので主人公の攻撃をかわした敵です。
 しかし、目に入った剣崎先輩は、むすっとしてそっぽを向いていました。心なしか、頬が染まっています。
「健気なところがあるかと思えば、むっつりすけべなところもあり……まったく、君が可愛い後輩に思えてくるなんて、世も末だなっ」
 剣崎先輩は僕と目を合わせず、僕の額を指でぐりぐりしてきます。その指先の柔らかさ温かさが、どうしてこんなにも気になるのでしょうか? 今日は普段と逆に僕が剣崎先輩を引っ張ったり、彼女がこんなよく分からない恥じらいを見せたり、いろいろと変な日です。
「世も末って、その……僕らには、この世を終わらせるぐらいの力が……?」
 剣崎先輩から目を逸らして、僕が歯切れ悪く切り返そうとしていると、
「圭護くん」
 空き教室の入り口から、声が聞こえました。

「圭護くん」
 空き教室の入り口から、声が聞こえました。……その声は消え入りそうにか細いのに、不思議と耳に入ってきます。
 声の方向を見ると、早苗姉えが目と口をだらしなく開いて、力ない姿勢で立っていました。まるで病人か幽霊です。
 僕も剣崎先輩も、慌てて姿勢を正します。
「い、いやあ早苗姉え! 携帯の電源切っててごめん! ちょっと僕――」
「帰ろ」
 僕の弁解を、早苗姉えは消え入りそうな声で遮ります。彼女の言葉に、僕と剣崎先輩は改めて震えました。……僕を従わせるために、怖さのバリエーションを増やしたのでしょうか。創意工夫を怠(おこた)らない人です。
「大丈夫! 今日の分の勉強なら、剣崎先輩と一緒にしっかりやるから――」
「帰ろ」
 早苗姉えは、ただ僕の言葉を遮ります。そのあまりにシンプルすぎる言葉や、据わった眼は、普段の彼女からは想像がつきません。
「えっと、だけど――」
「帰ろ」
 ……ひたすら同じ言葉を繰り返す彼女に、僕は降伏せざるを得ませんでした。


 あくる木曜日も、早苗姉えはそんな感じでした。
「ええ……。いいですよ、この企画で……。請(う)けます」
 放課後の生徒会室。僕らがまとめた企画書を見ながら、かすれ気味の声で早苗姉えは同意しました。彼女の目は相変わらず据わっていて、首を左右にゆらゆらと揺らしています。髪のまとめかたも、今日は心なしか雑に見えました。
「……何があったんだ、彼女に?」
 生徒会室を出て、げんなりした様子で剣崎先輩は聞いてきました。
「分かりません。昨日から、ずっとあんな感じで……。僕の家に来るでもなく、さっさと自分の家に帰りましたよ。そのおかげで、家で絞られることがなかったのが幸いです」
 先輩と一緒に廊下を歩きながら、僕は肩をすくめました。
「あんな調子で、普段よりこっぴどく君を絞ったのかと思ったがな」
 関元先輩が、後ろから突っ込んできます。彼の声は、若干震えている気がしました。あんな早苗姉えも、ある意味普段より怖いので、彼の気持ちは分かります。
「そうですねえ……。普段と違って、杜生さん怖かったです」
 門脇先輩が、今更なことをのんびりと言いました。今まで彼女にとって、早苗姉えは大して怖くなかったようです。その図太さ、見習いたいですね。
「まあ、あいつはまだ理性的だから、私らが勝負する余地はあるよ。世の中、もっと話の通じない怖い奴もいるだろうし……」
 四方谷先輩は、兼光さんにさりげなく横目を向けました。
「そうですね、小梅さん……。『話の通じない相手』との戦いも、それはそれで楽しそうですけど……」
 兼光さんの言葉に、僕も四方谷先輩も身震いするのでした。
「理性か……。待てよ? 今の彼女は、むしろ――」
 剣崎先輩が、顎に指を当てて考え込みます。
「先輩?」
「……いや、何でもない。それより今は、もっと詳しいところを詰めるぞっ! 今日提出したのは、あくまで概要だからなっ!」
 剣崎先輩は普段通り、元気いっぱいに声を張り上げ、拳を振り上げました。
 僕らも彼女に続いて、普段の空き教室に入りました。


 木曜日に企画の詳細を詰め終え、あとは本番に向けて練習するだけでした。金曜日に一度練習し、僕らは土曜日も学校に集まって最後の練習をしていました。
「すみませんねえ、関元くん。もう少しで、小休止も終わりますから」
 剣道場の片隅に座り、門脇先輩は缶の緑茶をすすりました。
「そこ! だらけんな! そろそろもう一回ぐらい通しでやるぞ!」
 四方谷先輩が、エアガンを手に少し離れたところから怒鳴ります。もちろん弾は入っていません。安全のために人差し指はぴんと伸ばし、銃口も天井に向けています。
「……こういう人なんです。もう少し大目に見てください、四方谷先輩」
 関元先輩が、門脇先輩を後ろ手にかばいました。かく言う彼もため息を吐きながら、片手に持ったスティックを指先でそわそわといじっています。
「そうですよ、小梅さん。休んでばかりの門脇先輩に、かまってるぐらいなら……。やられた演技、また見せてください」
 同じくエアガンを持つ兼光さんが、背後から四方谷先輩に話しかけました。兼光さんの手が肩に置かれると、四方谷先輩はびくっ! と振り返ります。
「コンディションの整え方は、それぞれだっ! 明日の本番に向けて、みんながベストコンディションになれればそれでいいっ!」
 剣崎先輩が、剣道場の空気全体をぱんと張るような声で叫びます。
「そうですね……。僕もちょっとコンディション調整のために、兼光さんにやられて、門脇先輩とお茶していいですか……」
 剣崎先輩の隣で、僕は息を荒げていました。
「そうだな。私たちも、少し休むか」
 剣崎先輩があっさり同意してくれたので、僕は目を見開きました。
「……剣崎先輩があっさり休ませてくれるなんて、明日は雨が降りますよ」
「降るだろうな、梅雨だし。……それはさておき、君もここ数日頑張ってくれてるからな。無理はさせんよ」
 剣崎先輩は、僕の頭をなでなでしてくれました。その微笑みが嫌に柔らかいのは、そしてそこから僕が思わず目を逸らしてしまうのは、どうしてなのでしょう?
「……いいものが見られました。そろそろ、練習に戻ります」
 門脇先輩が、僕らのほうを見ながら緑茶の缶を置き、立ち上がります。僕らに「いいもの」を見出したらしいですが、なんのことかよく分かりません。
「……そうだな、門脇さん。この勝負が終わったら、その……。話したいことがある。しっかりと、やりきろう」
 関元先輩が、門脇先輩の隣でうなずきます。そんな死亡フラグっぽい台詞、やめてください。
「ああ、その……。練習しすぎて疲れてもあれだし、もう少しで切り上げるか」
 四方谷先輩が、隣の兼光さんをちらちらと見ながら言って、
「そうですね! もう少し頑張りましょう、小梅さん!」
 兼光さんが、満面の笑顔とともにエアガンを一度強く握りしめました。この二人、いまいち噛み合ってませんね。
 兼光さんの姿に、他の全員が一度身震いしてから、
「……泣いても笑っても、明日が最後だ」
 剣崎先輩が、そっと開いた手を前に出します。
 彼女の周りに他のみんなも集まってきて、手を重ねます。僕もまた、
「立石くん」
 剣崎先輩に笑顔で促され、最後に手を重ねました。
「それじゃ……。カバディ部、ゲートボール部、サバゲー部……ファイトーっ!」
「「「「「「おーっ!」」」」」」
 剣崎先輩に続き、僕らは一斉に号令を上げました。
 僕も一緒に、素直に号令を上げました。……「部じゃなくて同好会です」などと、無粋(ぶすい)な突っ込みはもちろん封印しましたとも。


 その日、帰宅後。
 ぴんぽーん。
 玄関チャイムの音。
 僕は自分の家の隣、早苗姉えの家の前にいました。最近彼女がおかしいので、様子を見るように両親に言われたのです。
 インターホンに出てきたおばさんに、早苗姉えと話したい旨を伝えると、
「圭護……くん……。どうしたの……?」
 早苗姉えが、玄関をそっと開けました。顔をドアに半分隠し、うつろな目を片方だけ見せたその姿、正直ホラーです。
「い、いやあその、早苗姉え最近元気なさそうだからさ! 様子を見に来たんだよ!」
 僕は早苗姉えに、顔の引きつりを感じながら笑いかけました。用件も、両親に言われて来たということは伏せて、自分の意思で来たかのように言うことがミソです。
「私は……元気だよ、圭護くん。心配……しないで」
 早苗姉えはそう言って、ドアを閉じかけましたが、
「ちょっと待……痛っ!」
 僕はドアの間に足を挟み、意外と痛かったので思わず悲鳴を上げました。ローファー程度では防御力が足りなかったようです。
 少し目を見開いた早苗姉えはドアを、僕は足を引きます。
「どうして……? 圭護くん……私の顔を見るより、剣先先輩と部活、してたいんでしょ……?」
 早苗姉えは、理解できない、というような顔をして、消え入るような声で僕に問いかけてきます。どうして剣先先輩の名前をここで出すのかは、よく分かりませんが。
 それでも、剣先先輩ならこんなときどう言うだろう、と僕はふと考え、言葉を続けます。
「確かにそう……いや、そんなことはないけどさ」
 僕は早苗姉えの言ったことを認めかけて、慌てて否定してから、
「勝負する相手がそんな調子じゃ、張り合いがないじゃん。元気出しなよ」
 早苗姉えに、笑顔を向けました。……ぎこちない笑顔になった自信が、大いにありますが。
 カバディが大好きで、勝負ごとが大好きな剣先先輩なら、きっとこう言ったと思います。
「…………」
 早苗姉えは、しばらくぽかーんと口を開けていました。よく見ると、少し顔が赤いです。
「早苗姉え? 熱でもあるの? やっぱり調子が悪いんじゃ――」
「う、ううん! 大丈夫だよ、圭護くん! じゃあね!」
 早苗姉えは慌てて首を横に振り、ドアをばたんと閉めました。
「……何なんだろ?」
 僕は首をかしげながら、踵を返しました。


 そして、日曜日。学校説明会の日。
 学校の近くの大きな多目的ホール、その大ホールで、説明会は行われました。二階席もある、大きくて立派なホールです。
 今回の勝負は、今日の説明会に含まれる部活動紹介の中で行われます。それまで、先生がたの説明や生徒会が作ったビデオによる学校紹介や、生徒によるディスカッションなどがあったのですが、その間僕たち同好会は楽屋で待機しました。
「そろそろだぞっ、立石くん」
 楽屋で舟をこいでいると、剣先先輩が肩を揺すってきました。目を覚ました僕は他のみんなと一緒に楽屋を出て、ステージの裏側から舞台袖に入ります。そのときには、ディスカッションがちょうど終わりかけていました。
 そして始まるのです。生徒会による、部活動紹介が。
『わが校は推薦入学を奨励しているため、部活動にも力を入れています。心や身体を真剣に磨(みが)き、生き生きと学校生活を送る先輩たちの姿を、どうかご覧ください』
 早苗姉えのナレーション。それに続いて、生徒会作成の部活動紹介のビデオが始まりました。
 ステージのスクリーンにまず映し出されるのは、部の名前。続いてインパクトのある煽(あお)り文、その次には元気に部活をしている部員たちの姿。
 運動部でも文化部でも、単に部員たちが練習や試合で頑張る姿を見せるだけではありません。基礎的な練習をコミカルな寸劇で紹介したり、アニメや特撮などのパロディをふんだんに盛り込んだり、ミスをして「今のカットしてください!」と笑いながら叫ぶ部員の姿を収めていたりして、飽きない作りです。
 それぞれの部ごとのパートの最後にはインタビューがあり、生徒会が――声で分かりましたが、ときどきは早苗姉えが――今後の意気込み以外にも、鋭く突っ込んだ質問もしていて、そのたびに部員と生徒会側とで話が盛り上がり、まるで友達感覚のお喋りでした。
 わが校の部活や、部員たちの魅力が余すことなく伝わる、見事なビデオでした。
 それが終わるなり、
『以上のように、わが校には個性的な部活動があり、個性的な先輩たちがいますが――』
『それだけじゃないぞっ!』
 早苗姉えの声を遮るように、剣先先輩が襟元のピンマイクに叫びました。その声はホールのスピーカーを通して響き、未来の後輩たちやその親御(おやご)さんたちをびっくりさせたことでしょう。
 剣先先輩の声に続き、ステージに幕が下ろされました。僕、剣先先輩、四方谷先輩、兼光さんが素早くステージに上がり、ゲートボールのボールやゲート、ゴールポールを設置していきます。
 僕らは袖に戻り、代わりにステージに上がった門脇先輩と関元先輩とが、配置につきます。
「じゃ、あたしらも配置につくぞ」
「……私も」
 四方谷先輩は、兼光さんを連れて袖を出ていきました。剣崎先輩も出ていき、僕だけがその場に残ります。
 僕は、ステージの下手――客席から見て左側です――の袖から、門脇先輩と関元先輩の姿を見守ります。
 幕が上がりました。ステージ上には、ゲートボールでの配置通りに設置されたゲート三つとゴールポール一つ。上手側――客席から見て右側です――がスタートになっていて、そこにはスティックとボールを構える門脇先輩がいます。
 突然ステージ上に現れた光景に戸惑っている様子の、客席のざわめきに、
『ゲートボール同好会です。……多くは語りません。彼女の真剣な目つき、正確無比なショットをご覧ください』
 下手側に立つ関元先輩の、低く落ち着いた声が割り込みました。……同時に、後ろのスクリーンに映る映像は彼の顔のアップになっていて、ざわめきのボリュームが――とくに女性の声が――若干増したように感じました。憎らしいイケメンです。
 スクリーンの映像が、門脇先輩の顔のアップに切り替わりました。その引き結ばれた口元、そして日本刀のように研ぎ澄まされた鋭い目つきに、ホールは一瞬で静まり返ります。
 かつん。
 乾いた音が、ホールに響きました。
 門脇先輩の打ったボールは、少し先にある第一ゲートを難なく通過。ゆっくりと、まっすぐにステージの床を転がり、下手側の端で止まりました。
 門脇先輩はボールの元に移動し、再びスティックを構えます。
 彼女の動きを、みんな静かに見守っているのでしょう。ホール中に満ちた静寂の中で――
 かつん。
 再び、乾いた音。門脇先輩のボールは、ステージ下手の客席側、端っこ近くにある第二ゲートまで転がります。そこを出てすぐのところにあったボールにそっと当たり、ともにステージの端ぎりぎりに止まりました。
 客席から、感嘆のざわめきが静かに響いてきました。それを聞きながら、門脇先輩はさっき当てたボールを拾います。
 まず自分のボールを踏みつけ、拾ったボールをその横にくっつけます。スパーク打撃。踏みつけられたボール越しに叩かれたボールは、上手側にある第三ゲートに当たって止まりました。
そのボールに、彼女は追い打ちするように自分のボールを当てます。二個のボールが、同時にゲートを通過。
 スクリーンの映像は、門脇先輩の扱うボールの精密な動きを追い続け、客席からの声は少しずつ盛り上がっていきます。
 最後に門脇先輩は、ゴールポール目指して打撃します。スパーク打撃でさっきのボールを、続く打撃で自分のボールを、ステージ中央のゴールポールに連続で当てました。
 門脇先輩が二個のボールを回収し、客席に向けて一礼すると――
 ばちばちばちばちばちばちばちばちっ!
 さながら潮騒(しおさい)を思わせる、割れんばかりの拍手が、会場を満たしました。舞台の袖にいる僕からしても、耳が痛いくらいです。
『上手くいきましたねぇ、関元くん』
 門脇先輩は関元先輩のそばに寄って、そんなのん気なことを言いました。そののんびりした声がスピーカーからホール中に広がり、戸惑いの声が客席から返ってきます。
 関元先輩が、気まずそうに一つ咳払いをして、
『……えー。こちらは、ゲートボール同好会部長、門脇珠代さん。僕は副部長、関元拓馬です。本日は簡単ながら、ゲートボールの流れを見ていただきました。門脇さんのように集中力を養える、素晴らしいスポーツです。後輩の皆さんにも、ぜひ興味を持っていただけたら、と思います』
 そんなナレーションとともに、唐突に始まったデモンストレーションを締めくくりました。そして客席から上がった黄色い歓声――やはり、女性のものばかりです――に割り込むように、
『お茶とお菓子も用意して、待ってます!』
 門脇先輩のだめ押し。というか蛇足です。客席からも関元先輩からも、戸惑いの声が漏れる中で――
 ひゅばばばばっ!
 空気の破裂する音が聞こえました。モーターの駆動音が、かすかに混じっています。
 客席のざわめきに、驚きの色が混じる中で、
『全員動くな! ただ今より、この場は私の支配下に入る!』
 少し枯れた声が、スピーカーから響きました。低い声ですが、女性のそれです。
 スクリーンの映像が、一階の出入口の一つ、客席から見て右後方を映すアングルに切り替わりました。そこからは、目出し帽と迷彩服に身を包んだ人物が出てきています。細い身体のシルエットは女性らしいですが、その手には、少し野暮ったいデザインのアサルトライフルが握られていました。
 迷彩服の人物は、客席に広がる動揺の声や、ときおり混じる悲鳴をかき分けるように、通路をステージに向かってずかずかと歩きます。
『現代日本の非効率な学校教育に、異議申す! 若者たちの将来のために武器を取り、命をかけることも辞(じ)さない日本中の同志が、今日私とともに――』
 迷彩服の、適当に考えた感じのある口上(こうじょう)を、
 ばんっ!
『全員動くな!』
 勢いよくドアの開く音が、遮りました。同時に、くりくりして可愛らしい、しかししっかりと芯の通った声が響きます。
 スクリーンに映る映像が、ズームアウトしました。画面右端には、迷彩服の人物が映っています。
 一方で画面左端、迷彩服の進む先では、一階の右側出入口のドアが開いていました。全身黒装束で、やはり目出し帽で顔を隠した何者かが、ごてごてしたアサルトライフルを手に突入してきています。その人物は小柄ながらも、素早くホールに巡らせている視線には隙が感じられません。
 迷彩服と黒装束は、目が合うなり、互いに相手にライフルを向けようとして――
 ぱひゅぱひゅぱひゅっ!
『ぐあっ!』
 空気が破裂する音が、三連続。まっすぐにライフルを構えて撃ったのは黒装束で、悲鳴を上げながら倒れたのは迷彩服でした。とは言っても、弾は実際には出ていないようですが。
『制圧完了! 現場の安全確保!』
 黒装束は、ライフルを隙なく身体の前に持ちながら、ホールを見回しました。会場には、安堵(あんど)と戸惑いが混じったようなため息の音が満ちます。
 そして、迷彩服が起き上がります。通路を駆け下りて黒装束と合流し、一緒に素早く花道を駆けました。
 武装した二人は、すでに門脇先輩と関元先輩のいないステージに上がり、目出し帽を脱ぎます。
『サバイバルゲーム同好会部長、四方谷小梅です』
 迷彩服――四方谷先輩が、
『同じくサバイバルゲーム同好会副部長、兼光未仁美です』
 黒装束――兼光さんが、それぞれ自己紹介をします。
『今日は少しだけ、後輩の皆さんを怖がらせてしまいましたが……。うちの部は、楽しく安全に戦える場所です。日常の中にスリルを味わいたいかたは、ぜひ入部してください』
 四方谷先輩は、そう締めくくろうとしましたが、
『勝つ楽しさ、敵を仕留める楽しさを味わえるので、お勧めです!』
 兼光さんの余計な一言に、さっと青ざめるのでした。
 満面の笑顔を浮かべる兼光さんを、四方谷先輩が下手側の袖まで押してきます。そして、ステージは暗転。
 真っ暗になった袖の中で、僕の周りには四人の仲間が集まっています。
「はぁ……このめんどくさい勝負、しっかり終わらせてくださいね」
 ほけーっとした表情で、門脇先輩が、
「……泣いても笑っても、これが最後のチャンスだ。しっかり締めてくれ」
 まっすぐな目を僕に向けながら、関元先輩が、
「ま、いつものお前ららしく、気楽に本気で行けよ」
 四方谷先輩が、ライフルを肩に担ぎながら、
「本気で、杜生先輩を仕留める気で行ってね! 立石くん!」
 兼光さんが、その発言で四方谷先輩を身震いさせながら――
 四人は、それぞれに僕を激励しました。
 そうこうしている間に、真っ暗になったホールはまたも戸惑いの声に満たされます。
 そしてーー
『カバディ』
 暗闇の中に、意味不明な言葉が響きました。