「うりゃ!」
 特に鍛えていない私の右ストレート、その一撃で、
 ばきっ!
「ぐあぁー!」
 金のショートヘアにロングスカートのワンピースの少女、ムリラ・スカベンジャーは、あっけなくノックアウトされました。地底の「王国」、アツパーユ王国の支配者の座を狙って何度も反乱を起こしてきた彼女は、今回も懲りずに決起して、そしてあっさりと私に鎮圧されたのです。
 彼女を牢屋に放り込んだ後、
「未来……。私は、どうにかムリラと仲良くしたいのです。彼女を説得したいので、あなたも来てくれませんか?」
 そう頼んできたのは、アツパーユの「王女」にしてムリラの幼馴染、銀のロングヘアに作業着姿の美少女、サイン・フォンドゥ・アツパーユ。彼女の希望で、私はサインと一緒にムリラに面会に行くことになりました。


「ムリラ。私はもう、我が国を乱すことを、あなたに繰り返してもらいたくありません。……それ以上に、あなたが何度も罪を犯して傷つく姿も、本当は見たくありません」
 ムリラの入っている独房の前で、両手を胸元でぎゅっと握りながら、サインは語りかけました。
 独房のベッドの上で、腕組みしてあぐらをかいていたムリラは、
「ふん! 地上の人間をけしかけて、私を殴らせておいてよく言う! 貴様となれ合うなど、死んでもごめんだ、サイン!」
 そう言って、そっぽを向きました。「ですがムリラ……!」と悲壮な表情で訴え続けるサインと、「貴様の話など聞かん! この話は終わりだ!」と言って仏頂面をキープするムリラの姿を見て、らちがあかない、と私は思ったので、
「あー、サイン……。ちょっと外してくれるかな? ムリラもサインに、付き合いが長いからこそ話しづらいこともあると思うんだよ。ここは、私に任せてくれる?」
 そう言って、ムリラの説得を引き受けます。サインは私に微笑んで、「……はい、未来。信じています」と言ってから立ち去りました。


「あー、それじゃムリラ……。単刀直入に聞くけど、今まで何度も負けてきたのに、どうしてそんなにしつこく反乱を起こすのかな?」
 ムリラと二人きりになった状態で、私が尋ねると、
「決まっておる! 自分たちだけの特権を独占する王族が、許せぬのだ!」
 彼女の怒鳴り声が返ってきて、私は思わず身を縮めました。ムリラの話は続きます。
「特にあのサインだ! 血筋だけで次期国王の座を約束されているからといって、王座に就く前から国を仕切ろうとしおって! 昔から、あやつに指図されるのは気に食わなかった!」
 確かに、ああいう真面目な委員長タイプの子は、嫌われることもあるだろうなぁ。そう思ったので、私はムリラの話に黙ってあいづちを打ちます。しかし、
「それなのにあやつは、すでに王になったかのごとく、民の尊敬を集めておる……! 私とて、支配者として人の上に立つ資質は備えているつもりなのに……! なぜサインばかりが……!」
 私が先を促してもいないのに、ムリラが一方的に話し続けるのを聞いて、ん? と違和感を覚えます。なんだか、サイン個人へのムリラの気持ちに、話題がずれてきているような……。
「おまけに、おまけにだぞ! 私が何度拒もうとも、あやつは私の友になろうと、しつこく手を差し伸べてきおった! 自分の器の大きさでも誇示しているつもりか! ふざけるな!」
「あー……」
 ムリラが一人でヒートアップしていく一方、私はスマホを取り出して、カメラを起動しました。話が長くなりそうなので、録音しておいたほうがいいと思ったのです。
 録音を兼ねた録画を始めた私が眼中にないかのように、ムリラは話し続けます。
「だからな! 私がこの国を支配した暁には、にっくきサインを身も心も私に服従させるのだ! まず、私が疲れた時はサインに全身をほぐさせる! 食事の時も、サインの手で口に運ばせて食べる! 私が眠れぬ時は、サインに膝枕をさせて子守唄を歌わせる! それからだな――」
 ムリラが楽しそうに話す『サインを服従させる』ことの内容が、まるでラブラブな恋人にしてもらうことのようだったので、
「……ムリラ、あんたさあ。実はサインのこと、大好きなんじゃない?」
 私がそう指摘すると、
 ぼんっ! そんな音がしそうな勢いで、ムリラは真っ赤になりました。
「ななな、なにを言うか貴様! あやつに私が好意を抱いたことなど、うう生まれてこの方一度もありはせぬ!」
 ムリラは両頬に手を当てながら、首をぶんぶんと振ります。正直可愛いです。しっかりと録音・録画しておきました。
「あー、その反応は図星だねー」
 私はスマホのカメラを止めて、録画を見せます。すると今度は、ムリラは真っ青になりました。
「な、なんだその小さな板は! どうしてそこに私の声と姿が入っている!」
「ああ、これ、現代の地上の電話だけど……。そんなことより、サインのことで取り乱すムリラ、本当に可愛かったよ。あんたがまた反乱したら、これをアツパーユのみんなに見せて回ろうかなー」
「そそ、それはありえぬ! 次こそは、私は貴様にも勝つからだ!」
「えーほんとにー? 今まで、何度もやられてるのにー? 次も私が勝ったら、あんたのこの可愛い可愛い姿が国中に知られちゃうよー?」
 私が粘り強く脅迫、もとい説得すると、ムリラは、
「……ごめんなさい。もう反乱は起こしません」
 涙目で、顔をくしゃくしゃにしながらそう誓いました。やっぱり可愛いなぁ……という思考はひとまず脇に置いて、私は答えます。
「それは、サインと王様に誓いな」


 私はサインを独房の前に呼び戻し、彼女に対してムリラ自身の口から、もう反乱はしないと誓わせます。その後、私とサインの口利きで、ムリラは王様に恩赦を受けました。
 牢屋を出たムリラに、サインが目に涙を浮かべて語り掛けます。
「よかった、ムリラ……。これでやっと、あなたとお友達になれそうです。これからは、仲良くしましょうね」
「私が誓ったのは、決起をせぬことだけで、別に貴様とは――」
 ムリラがこの期に及んでも、サインにつんけんした態度を取るので、
「サイン大好きー」
 私はムリラの耳元でささやきながら、彼女を小突きました。ムリラは一度、びくっ! と身震いしてから、
「……仕方ないから、貴様の友となってやろう」
 しぶしぶといった顔で、サインに向けて手を差し出しました。笑顔でその手を握るサインと、赤みがさした仏頂面のままのムリラを見てから――
 もう二度と、地底で戦うことはないのだろう。そんな安心感とさみしさを、私は覚えました。


「本当に、ありがとうございました、未来……。これで我が国も、私個人も安心です」
「大したことは、してないと思うけど……。どういたしまして、サイン。じゃあ私、もう帰るから――」
 下水道に、つまりは地上への道に続く扉のある、大広間。そこから私は、サインや王様やムリラや、他の多くのアツパーユ「国民」たちに見送られながら立ち去ろうとしたのですが、
「未来。これから、特に困ったことがなくても……。会いに来て、くれますか?」
 サインに引き留められて、足を止めました。彼女は上目遣いで、私の袖をつまんでいます。
 私は彼女に向き直り、右手の小指を差し出します。
「――もちろん! 約束するよ、サイン!」
 私がそう答えると、サインは微笑んで、私の小指に自分の小指を絡めました。


(完)