「がっかりだよ……。本当にがっかりだ……」
「まだ言ってる……」
 あの地底での「冒険」から、二日後。私はももせと一緒に下校しながら、彼女に愚痴っていました。
「だってだって! 『かっこよくチート能力で大暴れー!』とかもできなくて! ちょっと日帰りで虚弱な奴らやっつけてきただけなんだよ! おまけに服を汚してお母さんに怒られたし! 損しかしてない!」
 私が駄々っ子のように地団太を踏むと、
「まあとにかく、未来が特に怪我もせず、その日のうちに無事に帰ってこれてよかったじゃん。あたしたちの足元に、そんな変な『国』があるのはちょっと気味悪いけど……」
 ももせも、私が話した「冒険」のこと、特にムリラと取り巻きたちのくだりを思い出したのか、顔をしかめながら地面に目を落としました。
「確かに、人口に対して、その……変な趣味の奴の割合が高すぎる気はする。だけど……」
 そこまで話すと、サインと出会った場所のそばを通りかかりました。彼女が現れたマンホールに目を向けながら、
「……サインの国を、その一部しか知らないで馬鹿にしたくはないなぁ」
 そう語っていると、
 かたかた。かたかた。かたかた。
「ん?」
 例のマンホールの蓋が、また小さく動いていました。
「もしかして、またサインかな……。よいしょっと」
 私がそこに歩み寄り、蓋をずらすと、案の定その中にいました。銀のロングヘアにエメラルドグリーンの瞳を持ち、作業着に身を包んだ美少女、サイン・フォンドゥ・アツパーユが。
「未来! 助けてください!」
 彼女は私と目が合うなり、悲痛な声を上げます。
「どうしたの? 今度は他の奴が反乱したの?」
「いいえ、またムリラが……。詳しくは道中で話します! また、お願いできますか?」
 そう言って、うるうると瞳を揺らすサインを見ては、放ってはおけません。よって、
「仕方ないなぁ……。そうだ、ちょうどサインの国のことを、もう少し知りたいと思ってたんだ。今度はもうちょっと速く片付けるから、案内してくれる?」
 そう提案すると、不安げだったサインの顔がぱっと輝きました。
「ええ、ぜひとも! ありがとうございます、未来!」
「よし! じゃー行ってくるねー、ももせ」
 私はサインに笑顔を返し、ももせに手を振ってから、マンホールに入りました。
「デートに誘うナンパ男かよ……。まあいいや、行ってきな」
 ため息交じりに手を振るももせに見送られて、私は地下へ下りました。


「それにしても、ムリラずいぶん早く逆襲してきたね。この前捕まえたばかりでしょ?」
 サインと一緒に下水道を歩きながら、私は聞きました。
「ええ……。看守の就寝時間を突かれました……」
「ちょ、ちょっと待って。交代制で二十四時間見張ってたりしないの?」
「何を言っているのですか、未来? 我が国では、国民みなが規則正しく生活しています。休む時はみんなが休みます。それは公職の人間でも例外ではありません。健康が第一です」
「そ、そう……」
 どこから突っ込んでいいやら分からない彼女の答えに肩を落としつつも、私は質問を続けます。
「そ、それでもさ。牢屋に鍵とか、かけてないの?」
「鍵ですか? ……そう言えば、ずいぶん前に壊れてから、そのままだと聞いています。それでも脱走すれば、すぐに他の国民が気づくと思っていたのですが……。脱走してすぐに、仲間たちも逃がして素早く勢力を結集したムリラのほうが、一枚も二枚も上手でした……」
「…………」
 ムリラたち以外のアツパーユ人たちも、怠け者すぎるのでは。そんな突っ込みを封印しつつも、私は開いた口がふさがらない気持ちを覚えました。


 とにかく、下水道からアツパーユ王国に入ると、また先日のようにムリラが大広間で取り巻きたちを従えてくつろいでいて、
「むっ! やはり戻ってきたかサイン! そしてまた来たかよそ者よ! 貴様の言う通り、生きていればやり直せるものだな! 私を再び決起させたこと、存分に後悔ーー」
 ムリラが何やら、私に責任転嫁するセリフをほざき出したので、
「うるさい」
 どかばきべきぐしゃ。
 私はさっさと取り巻きたちとムリラを殴り倒して、黙らせました。その後残った敵を片付けましたが、彼らが弱いことを知っていたので、今回の反乱の鎮圧には十分もかかりませんでした。


「今回も、ありがとうございました! 未来!」
 玉座の間で、サインは私の手を両手で握って、ぶんぶんと上下に振っていました。
「うん、まあ……。次はムリラたちが脱走しないように、気を付けなよ……」
 私が苦笑いしながら応じると、サインは「善処します!」といい返事をします。そして、
 ぐぅー……。
 彼女のお腹からも、胃袋の鳴くいい音がしました。
「えっと、お父様……。そろそろ、食料調達の時間です。ちょうど未来に、アツパーユを案内する約束をしていたので、彼女も連れて行っていいでしょう?」
 サインがそう問うと、王様は二つ返事で了承しました。
 そう言えばーーただでさえ太陽が差さず、今何時なのかが分かりにくいアツパーユで、今のところ時計のたぐいを見たことがありません。それでもさっき、サインが「食料調達の時間」を告げたということは、
「もしかして、この国の時計って、王族の腹時計……。つまり、サインたちがお腹すく時間を基準に、国民の生活リズムを決めてたりする?」
 私が聞くと、サインは顔を真っ赤にしながらうなずきました。


「皆さん、食料調達のお時間です。各自、作業に移ってください」
 サインが呼びかけて回ると、コンクリートだらけの空間で寝転がっていた大人たちが起き上がったり、鬼ごっこか何かをして遊んでいた子供たちがそれぞれの親たちのもとに戻ったりします。
 そして、おそらくは家族単位でまとまって移動していきました。サインと私もついて行くと、ある人たちは、上のコンクリートのひび割れから侵入してきている木の根を、刃物でこそげ落としていきます。ある人たちは、部屋や通路の隅に生えているキノコを採ります。ある人たちは、作りかけらしい通路が途切れて、土がむき出しのところを掘ってミミズを捕まえたり――さらには、土そのものを持参の鍋や布袋に入れたりしています。
「国民」たちがそうした作業に取り掛かるのは、常にサインに呼びかけられてからで、それまで彼らは基本的にごろごろしたり遊んだりしているようです。
「ねえサイン。アツパーユの人たちって、その……。普段の仕事、何してるの?」
 私が問うと、サインは首をかしげます。
「普段の仕事……? ご覧の通り、彼ら自身のための食料調達が仕事ですが」
「そ、そう……。それ以外の時は、何してるの?」
「それ以外、ですか? 基本的には休息したり、元気があれば遊んだりしていますね。人間は、生きるための必要最低限の仕事さえしていればいいのです。それ以上、何の労苦が必要なのですか?」
 サインの言葉を聞いて、私は複雑な気持ちになりました。ブラック企業がどうの過労死がどうのと騒ぎつつも、彼らよりずっと豊かな生活をしている地上の人間として。なので、
「……なんかその、私が悪かった。これはこれで、人間らしい生活だよね」
「何を謝っているのですか?」
 サインに首を傾げられながらも、彼女らの生活を肯定するのでした。


 私とサインが「国」を歩き回ったのは十分ほどで、その間サインが声をかけた、おそらく「国民」全員の人数は三百人ほどでしょうか。やはり小さな「国」のようです。
 食料調達の後、あの大広間に王様やサインや、私に興味を持った国民たちが集まって、食事会が開かれることになりました。この前はさっさと帰ってしまった英雄、つまり私を改めて歓迎するためだそうです。
 鍋でじっくり、おそらく食べられる柔らかさになるまで煮込まれている木の根や、ワイルドにたき火で串焼きにされているミミズ、一口サイズの団子の形に握り固められていく土などを見て、私は「ごめんなさい今お腹減ってないです本当です勘弁してください」と、食事会を丁重に辞退しました。
 しょげるサインの姿に胸が痛んだので、私は気をまぎらわすために、あたりをきょろきょろします。目に入るのは、のんびりと料理を作る人々の姿と、彼らがいる空間、つまりコンクリートの床や壁や天井や柱でできた大広間です。そう言えば、アツパーユの「国」じゅうが、広さは違っても同じようなコンクリート張りの空間だらけでした。
 昔、大きな戦争があったときに、こういう施設が作られたということは知っています。つまり、この「国」は、戦争からの復興が始まったときに、働きたくない人たちが住み着いただけの場所なのではないでしょうか。あの自堕落な国民たちを見ていると、そう感じます。おそらく「王家」とは、その中でも仕切りたがった、比較的真面目な一族なのでしょう。
 顔立ちや、日本語を話していることから、国民みんな祖先は日本人だと思われます。それでもサインやムリラのように銀髪や金髪になる人がいるのは、何世代も日光を浴びていないために色素が薄くなっているからでしょう。
 おそらくこの「国」の歴史は、せいぜい七十年、世代で言えば三、四世代程度です。
 そこまで考えをまとめて、私は口を開きましたが、
「ねえサイン。アツパーユの歴史について、ちょっと聞きた――」
「歴史」まで口にしたあたりで、横から聞いていた王様が反応して、
「我が国は、五百年の歴史を誇る由緒正しき国だよ、英雄さん」
 いきなり話に割り込んできました。彼が「なあサイン?」と問いかけると、
「はい、お父様。我が国は、五百年の歴史を誇る由緒正しき国ですよ、未来」
 サインもまた、怖いくらい曇りない笑顔を私に向けてきます。彼女が「そうですよね、皆さん?」と問いかけると、
「「「「「はい、お姫様。我が国は、五百年の歴史を誇る由緒正しき国です、英雄さん」」」」」
「国民」たちの大合唱が、大広間を満たしました。まだアツパーユの歴史について、私自身はほとんど何も言っていないのに、一糸乱れぬ彼らの主張ぶりが怖いです。あまりの恐怖に、私の奥歯ががたがたと鳴りました。
「そうだ未来! 夕食をごちそうできない代わりに、せめて我が国の歴史について、もう少し教えたいです。まずは建国神話から――」
 胸元で両拳を握り、満面の笑顔を浮かべるサインに対し、
「ご、ごめんねサイン! 今度聞かせて! また用事思い出しちゃったから、帰る!」
 私はがくがくと震える両脚にむち打って、転がるように大広間の出口に走り、恐怖の空間を脱出しました。