「もういい加減、地底なんか行くな!」
 先日地底に行った、三日後。私と一緒に下校中、ももせは腕組みしてぷりぷりと怒っていました。
「この前もその前も、あんたが家に帰らないのに家族に連絡もしないんだから、あたしはフォローするのに大変だったんだからね!」
「ごめんよー、ももせ……。なんかおごるから、勘弁して……」
 私は両手を額の前で合わせながら、へこへこと頭を下げます。
「……またあたしに苦労かけても、それで許してもらえるって思ってるでしょ? 今日も地底行く準備ばっちりしてるし」
「うっ」
 彼女の言う通り、私は今まさに地底行き用のジャージ姿で、例のマンホールから地底の「王国」の「王女」・サインが現れれば、すぐにでも彼女の「国」・アツパーユに行けます。
 そして、ちょうど私たちはそのマンホールのそばを通りかかっていて、その蓋が動いていたので、
「あー、またサインかな……。ちょっと話だけでも聞いてくる!」
 ももせが「ちょっと未来!」と引き留める声を振り切って、私はマンホールの蓋をずらします。
「未来! 助けてください! またムリラが……!」
「あいよっ! またちゃっちゃと片付けて、ガールズトークしようぜっ!」
 私がサインの頼みに二つ返事で応じると、ももせにがっちりと手首を掴まれました。
「待ちなって! あたしの話、聞いてなかったの?」
「聞いてたよ! 聞いた上で行くんだよ! ももせになんて言われても、サインが困ってるのにほっとけるか!」
 私が言い返すと、足元からは「未来……?」と、サインが戸惑う声が聞こえます。
 一方、ももせは数秒間むすっとした顔で私とサインを見比べてから、
「……そこまで言うなら、見極めてやろうじゃん。未来がそんなに会いたがるお友達と、その『国』のことを。あたし、的野屋(まとのや)ももせ。よろしくね、サインちゃん」
 少し嫌味っぽい笑顔とともに、サインに自己紹介するのでした。


 地底に潜ってから、ももせはとにかく文句たらたらでした。
 私やサインと一緒に下水道を歩いているときは、
「うえぇ……。臭い……。汚い……」
 そう言いながら鼻をつまみ、汚れた制服をつまんでいました。
 アツパーユに入り、ムリラたち(今回は初心に帰り、シンプルに数で押してきました)を私が十分で片付けた後は、
「……そんなにしょっちゅう反乱者に脱獄されるって、この『国』やばくない?」
 そっと私に耳打ちしてきました。
 そして、そこらじゅうで地べたにごろごろしているか遊んでいるかばかりの「国民」たちを見た時も、
「……この人たち、本当にあたしたちと同じ人間なの?」
 肩をすくめながら、私にだけ聞こえるように言いました。


 ももせが不満ばかり垂れるので、
「うるさいな! そんなに文句ばっかり言うなら、とっとと帰れ!」
 私は、両拳を突き上げて子供っぽく怒りました。するとサインが、すっとももせの前に立って、
「あの、ももせ……。我が国がお気に召さなかったというなら、申し訳ありません……。それに、私のせいで、我が国のせいで、未来とご友人の関係が壊れてしまうことにも耐えられません……。未来さえよければ、今日のところは彼女と一緒にお帰りください……」
 彼女の手を握りながら、じわりと涙を浮かべるのでした。するとももせは、
「……まあ、せっかく来たんだし、もうちょっといてもいいかな」
 しぶしぶといった表情を浮かべながら、そう答えました。


 食料調達の時間になり、(それを腹時計で知った)サインが、「国民」たちに声をかけて回ります。私は手伝うために、ももせは見学のために、サインに付き添います。
 その途中、親たちに「やだー! 食べ物取りに行くのやだー! もうちょっと遊びたいー!」とぐずっている子供たちがいました。サインは子供たちと、彼らを無理やり引っ張っていこうとしていた親たちの間に入り、
「確かに、人は遊んでばかりでは生きられません。だけど、生きるのに必要な責任を果たすのは、その人自身の中に自覚が生まれてからでないと、意味がないのです。……だから今日は、この子たちを遊ばせてあげてくれませんか?」
 親たちにそう言って、頭を下げました。親たちが慌ててぺこぺことお辞儀を返して、子供たちが「ありがとー! お姫様ー!」とサインに抱き着く中、
「…………」
 ももせも、何かを思った様子で、サインを見ていました。


 地底の不潔さや空気の悪さにももせが体調不良を訴えたので、私は彼女を送って帰ることにしました。
「ごめんよー、サイン……。今度はもうちょっとゆっくりするからさ……」
 私はももせの背中をさすりながら、微笑みとともに手を振るサインに見送られながら、アツパーユを出ました。
 私とももせは、一緒に下水道を歩きながら、
「……未来が何度も地底に行く理由、分かった気がする。あのサインって子、いい子じゃん。大事にしなよ」
「偉そうに。言われなくてもそうするよーだ。……まあ、ももせには、もうちょっと迷惑かけないようにしたいかな」
 そんなやり取りをして、地上に帰りました。

 前回地底に潜ってから、もう一週間ほどサインが現れていなかったので、
「何もなさ過ぎて、逆にサインが心配だ! ちょっと様子を見てくる!」
 下校中、例のマンホールのそばを通ったとき、私はももせに宣言しました。
「……とか言いつつ、本当はあんたがその、サインって子に会いたいだけじゃないの? そんな準備万端で」
 確かに、ももせの言う通りです。私はこの一週間、汚れてもいいジャージ姿で登下校していました。またアツパーユに行っても、制服を汚さないためです。おまけに、一晩過ごすことを想定して、身体を拭くためのウェットシートと、持ち歩きやすい栄養食品も用意しています。つまり、サインに会いに行く準備はばっちりだったので、
「それは否定しない! というわけで行ってくる!」
 蓋をずらして、誰もいないマンホールに潜るのでした。
「今回は早く戻ってきなよ! この前、あんたが帰らないのをおばさんにごまかすの、大変だったんだから!」
 ぷりぷりと怒る、ももせの声に追いかけられながら。


 隠し扉をくぐってすぐの、あの大広間に入ると、そこは大勢の人が集まって騒がしくなっていました。その一角には、金のショートヘアとロングスカートのワンピース姿の女の子、ムリラ・スカベンジャーがいて、彼女から数メートル離れたところには銀のロングヘアと作業着姿の女の子、サイン・フォンドゥ・アツパーユがいます。さらにムリラの足元には、サインのお父さんである王様がはいつくばっていました。
「ふはははは! 王の座を私に譲るがよい、国王、そしてサインよ! 我がスカベンジャー家が代々秘めていたこの核弾頭で、国のすべてを吹き飛ばされたくなくばな! 手始めに服従の証として、大勢の国民の前で靴を舐めてもらおうか!」
 どうもそのパフォーマンスのために、ムリラはサインや王様や他の「国民」たちをここに呼び集めたようです。
 彼女の手元には、バスケットボールほどの大きさの、丸っこい塊がありました。しかし、ぼこぼこの金属板で覆われた表面が、どうにも手作り感を漂わせています。駄目押しするように「核 危険」と手書きされた文字も、ある種の哀愁すら感じさせました。
 それが核弾頭だと真面目に信じているらしく、広間に集まった人々やサインは、みんなその顔に戦慄を浮かべています。
 しかし王様だけは、
「父として、王として、情けない姿を見せることを許してくれ、サイン……! これは民を守るためなのだ……!」
 などと言い訳してから、舌を出してムリラの靴に口を近づけていきます。よく見たらはあはあと息を荒げていて、ムリラに屈服させられかけているこの状況を楽しんでいるのは明らかです。つくづく変な趣味のある人ですね。
「お父様……!」
 サインが、見たくない、と言うように両手で顔を覆ったので、
「やめろ!」
 私は、ムリラと王様の両方に向けて叫びながら、
 だだだだだっ! ばきっ!
 ムリラに駆け寄り、驚きを顔に浮かべた彼女を問答無用で殴り倒します。その際、ムリラの「ぐはぁ!」という悲鳴とほぼ同時に、王様の「ちぇっ」という残念そうな舌打ちが聞こえました。
 ムリラが倒れながら取り落とした「核弾頭」は、地面に落ちるなり外側の金属板をばらけさせて、中に入っていたただの岩をさらけ出しました。


 今回は脱走したのがムリラ一人だけだったので、おそらく今までで最短で、彼女の反乱が片付きました。ムリラ曰く、今回は獄中でじっくり作戦を練っていたそうなのですが、それがあのずさんな脅迫だとは……。
 ともかく、ムリラを牢屋に入れて、もともとの用件のため、つまりサインに会うために玉座の間に行くと、
「未来……! 今回も、また助けられました……! 何とお礼していいやら……!」
 ぎゅーっ!
 感涙したサインに、抱き着かれました。私は少し困惑しながらも、彼女を抱きしめ返します。
「あ、ああ……。別に、お礼とかいいよ。今回も大したことなかったし……。それに、私もサインに会いたかったしさ」
「私も……! 未来に、会いたかったのです……! ですが、王女として、先日のように私用で国を出ることはあまり繰り返せなくて……! それなのに今回、未来は私が困っているときに、ちょうど現れてくれて……! あなたは、私の英雄です……!」
「…………」
 サインの中で、すっかり白馬の王子様になっちゃったなぁ。そういう感慨を覚えながら、私はサインを落ち着かせるために、彼女の背中をさすります。
「そうだね……。じゃあまた、泊まろうか? しばらく来なかった分の埋め合わせにさ」
「はい! 今度は、我が国の歴史についてじっくりお話ししますね!」
 サインは私から身体を離して、手を握ってきます。
「ああ、それよりも今は……。女の子同士の話を、したい気分かな」
 私は丁重にお断りしながらも、サインの手を握り返しました。その温かさを、いつまでも忘れたくない、と思いました。
 そして、それをにやにやしながら見ている王様のいやらしい目つきは、今すぐ忘れてしまいたい、と思いました。

「怖かった……。本当に怖かった……」
 先日の恐怖体験から、さらに三日後。私はももせと下校しながら、自分の身体を抱きしめて震えていました。
「まだ言ってる……。もうそんな変なところ、行っちゃ駄目だって。ほっときな」
 私の隣で、ももせは呆れ顔とともに肩をすくめます。
 そのとき、ちょうど私たちは例のマンホールのそばを通りかかっていて、
「そうするかな。今度は、あの蓋が動いてても――」
 私がそう言いかけたとき、ちょうどそれは動いていました。しかし――
 かたん……。かたん……。かたん…。
 サインが来たという合図――マンホールの蓋の上下動が、
「やけに弱々しいな……。やっぱり気になるよ、ももせ」
「ああもう……。どうなっても知らないよ、あたしは」
 そして、再び私が蓋をずらすと、
「未来……。助けて、ください……」
 その姿が見えるなり、サインは消え入るような声を漏らしました。私を見上げる、捨てられた子犬のような両目の下には、立派なくまができています。
 彼女のやつれた姿を見て、私の心臓が飛び上がりました。
「ど、どうしたの、サイン? ムリラに何かひどいことされた?」
「いえ……。警備を強化したので、彼女は現在も獄中ですが……。ここ数日、就寝時間になっても、さみしくて眠れないのです……。今まで、こんなことなかったのに……。恥ずかしながら、未来が一緒にいてくれたら、眠れるのではないかと思ったのです……」
 そう語る途中で、サインの目にはじわりと涙がにじんでいきます。一方で、私の後ろからは、ももせが「未来。駄目だって」とささやきながら袖を引っ張ってきます。
 数秒間、足元のサインに「未来……?」と名前を呼ばれたり、後ろのももせからも「未来!」と呼ばれたりして、動けない状態が続いてから、
「ああもうずるいなぁ! そんなマジ泣きされちゃほっとけないじゃん!」
 私は髪をわしゃわしゃとかき回しながら、サインへの敗北宣言をするのでした。それを聞いた王女様の顔が、ぱっと輝きます。
 というわけで、「困った女の子をほっとけないなんて、ラノベ主人公か!」というももせの突っ込みを受けながら、私はサインとともにマンホールに潜りました。


「国民に範を示す王女として、情けない限りなのですが……。最近、布団に入っても不安ばかりが頭の中でぐるぐると渦巻いて、寝付けないのです。今まで、こんなことなかったのに……」
 そう言いながら下水道を歩くサインの足取りは、明らかにふらついています。
「ああ、眠れない時って、そういうことあるよね。ちなみに、どんな不安があるの? よかったら聞かせて」
 私がそう聞くと、少し間をおいてから、
「……未来の、ことです」
 恥ずかしそうに、小声でサインは答えました。
「わ、私の?」
「はい。最初に来た時も、この前来た時も、地上のことを優先して帰られていたようなので……。もう二度とあなたがアツパーユに来ることはないのではないか、そう思うと、胸が張り裂けそうな思いがするのです。同い年の友達ができたのは、初めてですから……」
「…………」
 たった二回会っただけで、えらく好かれたなぁ。そう思いつつも、嬉しくないといえば嘘になるので、
「えい!」
 私は、狭い通路で強引にサインと肩を組みました。「み、未来?」と戸惑いの声を上げる彼女に、
「寵愛をお受けすることができ、光栄です王女殿下! 一晩ご一緒せよとの件、快く承りました!」
 正しいかどうかは分からない敬語で、きざなセリフを吐くのでした。それに応えて、
「未来……」
 サインもまた、ほっとした声を漏らしました。


 アツパーユに入った後、ちょうど食事の時間だったらしく、また食べていくことを勧められて――その食事は、ある意味一生忘れられないものになりました。木の根やミミズや土の料理のみならず、めったに食べられないごちそうだという、ネズミの丸焼きのインパクトが強烈です。次に来るときは、ちゃんと食料を用意してくるべきだと、私は学習しました。
 その後、玉座の間の隣のサインの寝室で、お風呂がないので簡単に身体を拭いて、用意してもらっていた寝巻に着替えると、
「看守を交代制にして、警備が途切れぬようにしたのは誉めてやろう! だが睡眠不足で居眠りするものが出たのは失敗だったな! サイン、今度こそ私に服従――」
 ムリラたちが、取り巻き四、五人ほど(今回は、それくらいしか逃がせなかったようです)と一緒に元気よくわめきながら玉座の間まで攻めてきたので、
「うるさい寝かせろ」
 ごんばきどかごすっ。
 私は彼女らをさっさと片付けて、あくびを一つしてから、寝室に戻りました。


「誰かと一緒に寝るのは、久しぶりで、その……。粗相のないように気を付けますので、よろしくお願いします、未来……」
 ベッドに正座してもじもじするサインは、明らかに緊張していました。私は図々しくベッドに潜りこんで、どさりと仰向けになってから、
「そんな遠慮しなくていいんだよ! ここの主はサインなんだからさ!」
 彼女に気を使わせないように、頭の後ろで両手を組んで思い切りくつろぎました。ほっとしたように微笑んだサインが私の隣に寝て、二人で一緒に掛け布団を被ります。
 ランプに淡く照らされた、薄暗い部屋で、
「そう言えば、この前我が国の建国神話について話しそびれたので……。寝るまでの間に、お話してもいいですか? 未来……」
「あ、ああ……。今はそれより聞きたいことがあるから、次の機会にゆっくりと聞かせてもらうよ」
 私はサインの申し出を、丁重に断ってから、
「……私はときどき、あの地上の友達、ももせのところにお泊りするけど……。サインにとって、誰かと一緒に寝るのは、どれくらい久しぶりなの?」
 そう尋ねました。
「そうですね……。小さい頃は、お母様が一緒に寝てくださったのですが……。もうよく覚えていないくらい、昔のことです」
「そっか……。お母さんを早くに亡くして、辛かったね……」
 私はサインのさみしい思いを察したつもりで、ベッドの中で彼女の手を握ったのですが、
「いいえ、お母様はまだ、ご存命なのですが……。ただその……。私を愛でてくださるお母様の姿と、甘える私の姿を見るお父様が、何と言うか、妙に興奮されたご様子で……。それを気味悪く感じられたお母様は、お父様と離婚して一般の人になられたのです」
「…………」
 彼女が返した答えに、言葉を失いました。そう言えばあの王様は、以前サインが私にお礼を言っていた時もいやらしい目つきをしていた気がしますが、自分の娘で百合妄想する趣味でもあるのでしょうか。どうもこの国、変な趣味の人が多い気がします。
「ま、まあとにかく、それはそれで辛いよね……。私なんかでよかったら、さみしいときに呼んでもらえると嬉しいかな……」
「はい……。これからも、よろしく……。お願い……します……。未来……」
 サインはそう途切れ途切れに口にして、私の手を握り返してから、すーすーと寝息を立て始めました。
 彼女と手を握り合ったまま、その安らかな寝顔を見ていると、私にもすぐに眠気が襲ってきました。


 数時間後、地上では朝になっている時間に目覚めると、寝室のドアの隙間から王様のいやらしい目がのぞいていて鳥肌が立ったのですが、それはまた別の話です。