ばんっ!
「――わがカバディ部は、存続の危機にあるっ!」
 黒板を叩きながら、彼女は怒鳴りました。
「部じゃなくて同好会です、剣崎(けんざき)先輩」
 僕は、手元の文庫本から目を上げました。教壇(きょうだん)に立つ、小柄な女子の先輩と目が合います。
「……それと、その台詞を聞くのはもう五十一回目です」
 剣崎先輩の背後の黒板の、『第五十一回・カバディ部査定対策会議』という文字を見ながら、僕は突っ込みました。
 雨がしとしとと降る、六月下旬のある日。放課後の空き教室の一つで、僕は教卓(きょうたく)のすぐ前の席に座っていました。
「五十一回だ、立石(たていし)くん!」
 剣崎先輩は僕の名字を呼びながら、アーモンド形の吊り目で睨(にら)んできます。
「――今年度が始まって実に五十一回、我々は成果なき会議を繰り返してきたんだぞっ! このままでは学期末の査定も通らず――わが部は正式な『部』への昇格もできない! よって予算も練習場所も得られない! そんな部に、未来の部員など集まるまいよ!」
 剣崎先輩は、半袖のセーラー服から伸びた筋肉質な腕を振りながら地団太を踏みました。両耳の上に作った短いツインテールが、ぴょこぴょこと揺れます。
「大丈夫ですよ、先輩。来年先輩が卒業しても、あと二年は僕一人で細々と続けますから」
 そう言って僕は、読みかけの文庫本に目を戻そうとしました。しかし剣崎先輩が教卓から身を乗り出してきて、半強制的に目線を上げさせられます。
 目の前のふっくらした丸顔から逃げるように、身体を反らしていると、
「『細々と』じゃ、駄目なんだっ! 十分な仲間をそろえて試合をして、カバディの素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらい、そして後輩たちに受け継いでもらう! それなくして、何のための部活か!」
 至近距離で怒鳴られて、僕は慌てて耳を塞ぎましたが、
「……放課後、のんびりする口実?」
 先輩から目を逸(そ)らしながら、僕は答えました。
 剣崎先輩は身体を起こし、ただでさえ大きく張り出している胸を張ります。
「――そんな舐めた態度なら、辞めろ! 今すぐ辞めろっ、立石圭護(けいご)!」
 僕をびしっ! と指差しながら、彼女は半泣きで怒鳴りました。
 しかし、僕は口の端を吊り上げます。
「いいんですかぁ、辞めちゃって? 僕がいなきゃ、先輩本当に孤立無援ですよ?」
 僕が突っ込むと、剣崎先輩はがっくりと肩を落とします。
「悔しいが、君の言う通りだよなぁ……。そもそも、君が入部した理由だって――」
「こんにちは」
 凛(りん)とした声が、僕らの会話に割り込んできました。僕も剣崎先輩も、身震いしてその声の方向に目を向けます。
 教室の入り口に、長身でスレンダーな二年生女子が立っていました。柔らかい印象の垂れ目を笑みの形にして、僕らに向けています。
「こ、こんにちは……杜生(もりお)さん」
「や、やあ……早苗(さなえ)姉(ね)え」
 僕らは、彼女にぎこちなく声を掛けました。
「圭護くん、部活の調子はどう?」
 早苗姉えは、腰まで届くツーサイドアップの髪を揺らしながら教室に入ってきます。彼女が一歩一歩近づくたびに、僕と剣崎先輩の身体の震えが強くなっていく気がしました。
「い、いつも通りだよ早苗姉え! カバディ部、いや同好会の存続と繁栄のために、さっきも白熱の議論をしてたところだよ! ――そうですよね? 剣崎先輩!」
 僕が話を向けると、先輩は一度びくっ! と身震いしてから、慌ててうなずきます。
「も、もちろんだとも! いやあ、煮詰まりすぎて名案も出てこなくて、困った困った!」
 剣崎先輩は腰に両手を当て、引きつった笑顔を作りました。
「ふーん……」
 僕の隣にまで来た早苗姉えは、すっと目を細めて、僕と剣崎先輩と――あと、僕の手元の文庫本とを見比べます。そしてにっこりと微笑み、僕の肩に手を置きました。
「まあ、部活も週末の今日で一区切りだよね。来週は期末テストだから――ちゃんと勉強しようね、圭護くん。ふ・た・り・き・り・で」
 早苗姉えが強調した言葉を聞き、僕は奥歯をがちがちと鳴らしました。
「も、杜生さん。君も生徒会長として忙しいだろう。あまり長居は――」
「ご心配なく、剣崎先輩。ちゃんと仕事の合間を縫(ぬ)って出てきましたし――圭護くん、もとい部活の様子を見るのも、わが校の生徒会長の仕事だと考えてますから」
 横から割り込んだ剣崎先輩の引きつった笑顔に対し、早苗姉えの笑顔はあくまで柔らかいものでした。
「だから、剣崎先輩……」
 そして早苗姉えは、両目をくわっ! と見開き、
「――圭護くんを、堕落(だらく)させないでくださいね?」
 剣崎先輩を一睨みして、教室を出て行きました。
 早苗姉えの背中が教室の出入口から消えて、一分ほどの間、僕らはしとしとと降り続ける雨の音を聞いていました。
「……君が入部したのは、あの幼馴染から逃げるためっていう、ろくでもない理由なんだよな」
 剣崎先輩は、力なく教卓に手をつきながら、長く重いため息まじりに言いました。彼女の顔は、今は十歳ほど老けて見えます。
「……逃げるなんて、人聞きが悪いですよ。ただ、早苗姉えに甘え続けたらいけないと思っただけです。僕ったら、昔からこんな舐めた性格だったから……。早苗姉え、中学の頃にはスパルタ方式でみっちりと勉強教えてくれて……」
「立石くん?」
 僕が笑顔を作りながら語ると、剣崎先輩は教壇を降ります。
「僕が両親の勧めで入った部活にも、マネージャーとして一緒に入ってくれて……しっかり監督してくれて……」
「立石くん、大丈夫か?」
 剣崎先輩は僕の隣から、心配する言葉を掛けてきます。
「……そんな早苗姉えと両親に尻を叩かれ続けたおかげで、僕は早苗姉えと同じレベルの高い高校に入れたし、部活だって三年間辞めずに続けられたんです。あ、それと早苗姉え以外の女の子をじろじろ見てたら、満面の笑顔で注意してくれましたね。おかげで不埒(ふらち)な恋の一つもしたことがありません」
「おい立石くん? しっかりしろ!」
 剣崎先輩は、僕の肩を揺さぶってきました。
「……そんな早苗姉えは、今じゃ僕のお嫁さん候補として両親公認。僕が道を誤らないように、それと万一僕が駄目人間になったら養ってくれるようにですね。いやあ、僕って幸せ者だなあ」
「立石くん! 私の声が聞こえるか? 目が死んでるぞ!」
 剣崎先輩は、金切り声を上げながら、僕の頬をぺしぺしと叩いてきました。さっきの早苗姉え登場に精神を削られた先輩を元気づけようと、僕は精一杯の笑顔を作ったつもりですが、おかしいですね。
 ともかく僕は、真顔を取り戻して、剣崎先輩に向き直ります。
「……だから僕は、早苗姉えが入らなさそうなマイナー同好会に入ったんです。彼女は彼女で、僕を養えるいい仕事に就(つ)けるように、高校の頃からポイント稼ぎしたいんです。そのために生徒会の仕事やる時間を、カバディなんてマイナースポーツに割(さ)くわけにいかないでしょ?」
「マイナーマイナーうるさいっ! カバディのメジャー化は無理でも、せめて十分な部員を集めて、高校生のうちに一度は試合をしておかねば――この剣崎つむぎ、死んでも死に切れんっ!」
「そうですね先輩。頑張りましょう」
 涙目で叫ぶ剣崎先輩に対し、僕は再び文庫本に目を落とそうとしましたが、
「立石くん! 君にとっても、他人事じゃないだろう! そんな舐めた部活ぶりも、いい加減ぼろが出てきてるんじゃないのか? 杜生さんにも、勘付かれてたようだしなっ!」
 剣崎先輩の言葉に身震いしながら、顔を上げました。
「……そうですね。最近、両親にも部活の内容を聞かれるようになってきて……。『今日はカバディの有効な戦術について議論した』とか『今日はカバディの試合動画を見た』とか『今日は本場のカバディを見るために海外旅行の計画を立てた』とか、会議の内容を捏造(ねつぞう)するのに苦労してたところです」
 僕がため息まじりに愚痴ると、剣崎先輩はばんっ! と僕の前の机の天板を叩きます。
「そうだろう! 練習らしい練習、試合らしい試合の一つもせねば、学校も君のご両親もわが部の活動の実態を認めまい!」
 剣崎先輩は、眉を吊り上げながらハイテンションで怒鳴りましたが、
「だいたい、校内で部員が集まらないにしても、校外で練習相手探さなかったんですか?」
「何度か話しただろう? ……学校の外にさえ、カバディやってる大学生や社会人のサークルとかないんだよ」
 僕に突っ込まれると、肩を落としながらローテンションでぼやきました。
「そうですか……。僕だっていい加減、少しでもカバディの勝負をしないと、早苗姉えも両親も黙ってくれないのに……」
 僕も一気にテンションを落とし、頭を抱えます。そして僕は、
「ああもう、いっそ――」
 両手で頭をばりばりとかきながら、
「他の部と、勝負できたらいいのに」
 ふっと浮かんできた、でたらめな思い付きを口にするのです。
「……そ」
 剣崎先輩の震える声を聞き、
「そ?」
 僕は顔を上げました。すると彼女は、僕の両肩をがしっ! と掴んで、
「――それだよっ! 立石くん!」
 目を爛々(らんらん)と輝かせながら、満面の笑みを僕に向けました。

少しお休みして充電できたので、本ブログを再開します。

完全新作の企画や掲載を始める前に、それ以外にやりたかったことである、
落選作の供養投稿をしたいと思います。

正式タイトルは「ザ・異種同好会対決 ~カバディvsゲートボールその他~」という
長ったらしいものなので、カテゴリでは「部活もの」とラベリングします。
PV数を稼ぐために一日ずつ読みやすいように、一度の掲載分をほどよく区切って、
二週間ほどにかけて毎日連載する予定です。
連載中、一話一話へのコメントには答えかねる場合があるので、ご了承願います。

もう一年半近く前に書いた、今よりずっと拙い作品ですが、
「少し上手くなってきた」という自信を持てた作品です。
よろしくお願いします。

ある方から優しいお言葉をいただいたので、それに甘えさせていただく形になりますが……。

今後、作品の執筆までの間、本ブログの更新は不定期にします。
基本的には、創作論などについて書きたいことが浮かんで来たら書くつもりです。

そのうちに(いつとは言っていない)小説も掲載するつもりなので、今後ともよろしくお願いします。